二話 ナガト


 旅館を出たヤマトとチトセは来た道を戻り、神社の前を通り過ぎて西に向かっていた。
チトセの話によると村の西側は国道が通っている事もあり、商店等が多く立ち並び、それなりに賑わっているとの事だ。
 神社を通り過ぎてから二十分程で国道に辿り着く。
片側一車線、歩道との間にはガードレールとしっかりとした国道であったが見える範囲に信号は無かった。
ヤマト達が歩いてきた道の様に幾つも交わる道はあるが止まれの標識があるだけだ。
国道とは言え、地方都心部からそれなりに距離のある山村だと交通量も少ない様だ。
 実際、歩道を歩いていても殆ど車は通らないし、時々通るのは田舎のベンツこと軽トラくらいだ。
周りの風景もまだ田園風景と疎らな民家のみ。

 「もう少し先に商店街があります。一応この村の中心地で村役場や小中学校もあります」

ヤマトの心中を察してか、チトセが軽い口調で言った。

 「高校は?」

 「電車で三十分。二つ先の街に一校、そこが最寄りの高校ですね」

ヤマトは表情に出さなかったが内心驚いた。
産まれも育ちも東京のヤマトにとって学校は幾らでもあるのが当たり前だったからだ。
田舎って不便だなと思う一方で、そういう生活に少し憧れる気持ちもヤマトにはあった。
会話をしながら歩いている内に前方に民家が密集した場所が見えてきた。
あれがチトセの言う商店街なのだろう。
商店街と言っても規模はかなり小さい。
地方にある様な小さなスーパーが一軒。
婦人服ばかり売っている小さな服屋、子どもの溜まり場と化している小さな書店、電気屋、駄菓子屋、自転車の修理屋等、十軒程商店が集まるだけの質素な商店街。
しかし、小ささとは裏腹にそれなりの賑わいを見せていた。
服屋の前では自転車に買物袋を乗せた主婦が数名井戸端会議をしていたり、 本屋と駄菓子屋の前には小学生から高校生まで学生が十人近く集まって下らない話で盛り上がっていたり、
スーパーの中もぼちぼち人が入っている様だった。

 「どうです?きっと想像より賑やかじゃないでしょうか?」

チトセの言う通りだった。
ヤマトはもっと違うものを想像していた。
時代に取り残された寂れた商店街。
大手百貨店等に圧され、閉店を余儀なくされた店の様にシャッターが閉じた店が並んでいると思ったがシャッターを閉じている店は一軒も無い。
なにより、此処に居る全員の顔が生き生きしていた。

 「あっ、チトセねぇ!!」

本屋の前で話をしていた学生の一人がチトセの姿を見つけると満面の笑みを浮かべて走り寄ってきた。
中学生くらいの男子。
手には週刊誌で流行っている漫画の単行本が握られている。

 「こんにちは。今日も元気だね」

 「うん、めっちゃ元気だよ! ……ねぇ、チトセねぇ、後ろの人は誰?」

ヤマトの存在に気付いた少年はヤマトを訝しげな目で凝視した。
いつの間にか少年の後ろに同い年くらいの男女が数名集まっており、一様にヤマトを凝視していた。
居心地が悪そうに頬を掻いたヤマトはチトセに目で助けを求める。

 「彼はヤマト君。ナガト君の親友よ」

 「ナガトにぃの?」

一瞬、少年達の顔が曇るのをヤマトはしっかり見ていた。
ナガトが死んでしまった事は全員が知っている様だ。しかし、それだけでは無いと、ヤマトは直感で感じていた。

 「ちょっと縁があって村の中を案内してるとこだったの」

 「な〜んだ、てっきり恋人かと思ったよ」

少年がそう呟いた瞬間、チトセの顔が真っ赤になった。
物静かな雰囲気だった彼女からは想像できない程の取り乱し、慌てふためいているのがヤマトの位置からでも分かった。
少年達からわぁと笑いが起こった。

 「あははは、チトセねぇ顔真っ赤!!相変わらずこういう話は駄目なんだ」

 「二十歳目前でまだ彼氏が居ないなんて、人生損してるよ」

ませたガキだとヤマトは思いながらもその様子をただ静観した。
慌てふためくチトセとそのチトセを笑う少年達。様子からこれが日常茶飯事だとヤマトは推測した。

 「こらぁ、ヤマトさんに失礼でしょ!」

突然名前を呼ばれ、チトセの方に顔を向けると腕を掴まれた。
何事かと思う暇なく、未だに顔が真っ赤のままのチトセに腕を引かれ、ヤマトは前のめりになりながらチトセに着いて行く。
後ろからはヒューヒューと少年達が茶化す声が聞こえたが当のチトセは聞こえないフリをして大股で商店街を進んでいった。

 「ヤマトさん、本当に申し訳ありませんでした!」

少年達が追ってこないのを確認した後、チトセはヤマトに何度も頭を下げた。
ヤマトは困った様に後頭部を掻き、頭を下げ続けるチトセを見た。

 「いや、気にしてないんで大丈夫ですよ」

そう言いながらも少し気になる事があったのでヤマトは話の流れからさも自然であるかの様に言った。

 「恋人、居ないんですか?」

 「えっと、その……恥かしながら、一度も居た事が無いん、です」

語尾になる程、言葉は弱々しくなっていった。
ヤマトは改めてチトセの顔を見た。
美人だと、普通に思った。下手すればそこら辺の女優よりよっぽど綺麗だ。
纏う雰囲気も静かで、言葉遣いも綺麗。
彼氏が居てもおかしくないだけのステータスは持っている様だ。

 「で、でも、恋だけなら一度だけ、した事がありました」

今度は泣きそうな程擦れて、何処か諦めた様な、過去を懐かしむ口調でチトセは言った。
その口ぶりからヤマトは何となく、その相手を察知していた。言わなくていい事を思わず口にしてしまう。

 「……ナガトですか?」

チトセは無言で頷いた。
聞いた後で聞いてしまった事を後悔したヤマトは慌てて謝罪の言葉を述べる。

 「いえ、気にしないで下さい。元々叶わない恋でしたので」

 「どうして、そう思うんです?」

 「ナガト君は皆の人気者です。男女関係無く。
  だから私みたいな地味な子にはきっと異性としては興味なかったと思います。私が到底及ばない素敵な女性の知り合いも沢山居たと思います」

ヤマトの記憶ではナガトは一度も彼女が居た事無かった筈だ。
外見も良く、口も達者で直ぐに恋人くらい出来そうだったが、ナガトは心に決めた奴がいると言って、付き合い長い女友達が数人居る以外異性との交流は殆どなかった。
もしかしたら、その相手はチトセだったのではないかとヤマトは思う。
しかしそれは想像の域を出ない妄想。
根拠も何にも無い。
チトセにそれを言って何かが変わる訳でも無い。

 「さっきの子ども達も、皆ナガト君の事が大好きでした。帰ってくる度に皆と遊んだりして、だからナガト君が亡くなった時は皆、凄く泣いていました」

先ほどのナガトの名前が出た時に見せた曇った表情。
彼等にとってナガトは友達だったのだ。あの表情は友人を失った喪失感も含んでいた様だ。

 「あっ、申し訳ありません、暗い話なんかしてしまって」

 「いや、気にしないで下さい」

ヤマトにはそれより気になる事がひとつあった。
しかし、なんと言いだせばいいか思いつかず、眉間に皺を寄せて悩む。
ヤマトの雰囲気を察してか、チトセはどうしましたかと訊ねた。

 「……敬語」

 「敬語、がどうかしましたか?」

 「出来れば、もう少し砕けた口調の方がこっちも話し易いんだけど」

ヤマト自身、今まで敬語だった事に気づき、敢えて少し砕けた口調で言った。

 「年齢とか、初対面とか気にしなくていい。俺はどうも敬語が苦手で」

きょとんとするチトセにヤマトはこれ以上何を言えばいいか思いつかず、困った表情をする。

 「敬語じゃなくていいのですか?」

 「あぁ」

チトセは少し迷った様だったが、うんと小さく頷き、

 「わかった。でも、呼ぶ時はヤマトさんって呼ばせて?」

上目遣いで言ったチトセにヤマトは一瞬ドキッとする。
動揺を悟られない様に平静を装って頷いた。

商店街を抜けたヤマト達は少し先にある中学校を目指して歩いていた。
抜けた先には民家が建ち並んでいてチトセやナガトの実家がある方に比べるとかなり密集していた。
密集していると言っても家に駐車スペース、更に中庭と民家の間は人がすれ違えるだけの空間が空いていたので都心部に比べたら全然密集はしていないのだが。
山間部の割には平地が多い天城村は村面積の半分以上を田園が占めていて民家は道路沿いに密集しているのが殆どだ。
民家の密集地帯を抜け、坂道を昇った先にあるのは目的の中学校だった。

 「此処がこの村唯一の中学校。私もナガト君も此処を卒業したの。って当たり前だよね」

チトセは恥ずかしそうに苦笑を漏らし、歩みを進めた。
ヤマトもそれに倣い、グラウンドを進む。
サッカーゴールに隅にある鉄棒、野球のバックフェンスと此処まで見れば何処にでもあるグラウンドだったが
ヤマトは鉄棒とは対角の位置、道路側の隅にあるモノを発見して首を傾げた。

 「チトセ、あれは……畑か?」

 「うん、そうだけど?」

 「何で、学校に畑が?」

ヤマトの記憶では確か小学校の時に植物の観察だか何だかで向日葵を育てた気がするが、その畑ではスイカやキュウリ等、当たり前だと言わんばかりに野菜が育てられていた。

 「うちの中学、畑仕事の授業があるの。他にも少し離れた所でお米も育てているの」

 「こういう地方の学校だと当たり前なのか?」

 「う〜ん、どうだろう?この村は見ても分かる様に田んぼや畑ばっかじゃない?
  全国に出荷している農家も幾つかあって、家業を継いだりする人も多いの。それで学生の内から農業の知識を学んでいるみたい」

そういえば、とヤマトは思い出す。
ナガトは豪く野菜に詳しかったと。
野菜談議と称して延々と野菜の話をさせられたなと内心ため息を吐きつつ、ナガトの野菜に対する熱い思いのルーツを知った。
校門の前まで来たがどうやら今日はもう誰も居ない様だった。
チトセは残念がりながらもヤマトを学校の裏側に連れていく。
学校の裏と言えば告白やいじめと学校によって様々だが、此処は前者の様だ。
学校の裏には五本の桜の木が堂々と天に向かって頭を伸ばしていた。
季節が季節なので花は咲いていないが幹だけでも立派さが伝わってくる。

 「この学校が建った時に植えた桜らしいの。春は一面桜で、とっても綺麗なの」

 「その桜の下で告白すると成功するってありがちな迷信付き?」

 「おしい。桜が咲いて、最初に告白した人だけ成功するの。私の友達もそれで成功して、今でもラブラブのバカップル」

チトセの口からバカップルなんて単語が出てくると思わず、ヤマトは吹き出しそうになる。
なんとか堪えながら、チトセと言う少女にある種の安心感を覚えた。
初めて会った時からとても丁寧な口調で、服装も十代らしくない程質素で、雰囲気もかなり大人びていた。
しかし彼女に十代らしい一面もあると分かり、ヤマトはもっと彼女の事を知りたいと思い始めていた。
それが恋心かと言われたら答えはノーだ。
ヤマト自身、チトセ程ではないが恋愛とはかなり無縁な身だった。
告白した回数とされた回数は合計しても右手で足りる。恋人が居た事は無い。
友達以上恋人未満と呼ばれる間柄になった相手が一人居たが、転校を気にその関係は冷めていった。
最後に告白した相手から酷い振られ方をした所為で、それ以来ヤマトは恋愛に無関心状態だった。
仮に恋愛に興味があったとしてもチトセを恋愛対象には見なかっただろう。
それは未だにチトセがナガトを想っているからではなく、ナガトが好きかもしれなかった女性だからだ。
ヤマトとナガトは親しい間柄だったが、お互いに絶対に踏み込んではいけない相手の領域と言うのを自然に察知していた。
チトセはその領域内にいる人物であるとヤマトは直感で感じていた。
ナガトが死んだ後でもヤマトはそれをきっちり守っていた。

 「どうかした?」

 「え? いや、何でも無いよ。立派な桜だなって」

 「良かったら春に来て下さい。もっと立派な桜の姿が観られるから」

気が向いたらな、と笑いながらヤマトは軽い気持ちで言った。


 学校を後にしたヤマトはチトセの案内で村の中を回った。
幼少期に良く遊んだ河原。秘密基地を作った古い民家と森の中。
村の中にある数少ない観光地、地酒を作っている工場兼販売店。
国道沿いにある地元の野菜や穀物を使った料理を振る舞う小さなレストラン。
 二人はそこで休憩を取る事にした。昼過ぎと言う事もあって店内はガラガラ。
観光客と思わしき一組の男女が遅めの昼食を食べている以外に客は居ない。
チトセが率先して店内に入ると彼女の同年代らしきウエイトレスが笑顔で二人を出迎えた。

 「いらっしゃいませ。お客様お二人ですか?」

ウエイトレスはわざとらしく丁寧な対応をする。

 「どういう嫌がらせ?」

 「男を連れてきた罰。巫女さんなのに彼氏なんて作っちゃってぇ」

 「ヤマトさんはそんなんじゃないの。ナガト君の都会での友達。お祭りを観に来て、今は村の中を案内中」

 「ナガトさんの知り合い?」

瞬間、ウエイトレスの目の色が変わり、その目をヤマトに向けた。
ヤマトは一瞬目眩の様な不快な感覚に陥る。嫌な目だ、と心の中で毒づく。
その目は、『ナガトの友達なんだからさぞ素晴らしい人なんでしょうね』と訴えかける様な嫌なモノだ。
胸糞悪い気分を表情に出さない様にヤマトは笑顔でウエイトレスに挨拶をした。女性も笑顔で挨拶を返した。
ウエイトレスに案内され、窓際の席に向かい合わせに座ったヤマトはアイスコーヒーを、チトセは烏龍茶を注文した。
飲み物が運ばれてくるまでの間、ヤマトは店内を見回した。
茶色と白を基調とした店内にはクラシックが流れている。
それ程広い店内ではないが良い雰囲気だとヤマトは感じた。
運ばれてきたアイスコーヒーで喉の渇きを潤して一息吐き、今度は窓の外に目を向けた。
無駄に広い駐車場は田舎の特権か。都会なら何処に行っても駐車料金を取られるが此処なら一日停めていても文句は言われないかもしれない。
下らないと思っていても都会と田舎を比べ、比較してしまう。
都会には都会の。
田舎には田舎の良さがそれぞれあるとヤマトは分かっている。
比べてしまうのは比較によって新たな発見があるかもしれないと言う仄かな期待からだ。
今の所、新たな発見は無い。

 三十分程休憩してから二人は店を出る。
時刻を見ると四時前
カムイの言った夕食までまだ時間はある。
しかし既に案内できそうな場所は全て案内してしまったチトセは店を出てからずっと唸っていた。
独り言をブツブツ言うチトセを面白いモノを見る目で眺めるヤマト。

 「変な目で見てる」

 「……まさか」

 「最初の間が怪しい」

 「気の所為だ。そうだ、商店街をもう一度案内してくれないか?」

チトセは少し不満そうだったが渋々頷き、ヤマトと共に商店街に向かった。

 商店街は更なる活気に溢れていた。
沢山の主婦が店内や店先で買物をし、子ども達が歩道で遊ぶ。
学生も多く、二つある総菜屋の前で買ったばかりの惣菜片手に談笑していた。

 「ヤマトさんって良く食べる方?」

 「? まぁ、仕事が仕事だからそれなりに食べる方だけど」

それを聞いたチトセは待っててと言い残し、揚げ物の総菜屋に行き、店主と一言二言会話し、戻ってきた。
手には袋から顔を半分だしたコロッケが二つ。一つをヤマトに差し出す。

 「此処のコロッケ凄く美味しいの。私の奢り、食べて」

 「ありがとう」

 礼を言って、揚げ立てだろうか湯気が出るコロッケを齧る。
ホクホクとした触感に程良い甘み。

 「この甘みは、さつまいも?」

 「正解! 良く分かったね。じゃがいもとさつまいもを店長の黄金比で混ぜるとこの何とも言えない甘みになるんだって」

ただのさつまいものコロッケじゃないのがみそらしい。
これなら幾つでもいけそうだと思いながらも、夕食の事を考え一つにしておいた。

 「おーい、チトセ」

 二人が食べ終わるのを待っていたかの様に一人の男が遠くからチトセに声を掛けた。
茶髪の頭にダボっとした服装。おそらくチトセの元同級生と言った所だろう。
茶髪の男に気付いたチトセは軽く手を振り、男はチトセに近づいてくる。
途中まで笑顔だった男もヤマトの存在に気付いた途端、表情が険しくなった。
男は目でチトセに尋ねる。

 「彼はヤマトさん。ナガト君の友達で、縁合って村の中を案内中なの」

 「ナガトの友達?」

まただ、とヤマトは毒吐いた。
またその目だ。ナガトの知り合いがヤマトを見る時はいつもその目で見る。
ナガトの友達と言う不要な負荷価値を付けて品定めをする目で
ナガトは好青年だった。
彼の知り合いで彼を悪く言う者は殆どいなかったのをヤマトは知っている。
決して頭が良い訳ではなかったが、人柄も良く誰隔てなく察する彼の評判は良かった。
その親友であるヤマトはいつもナガトの親友として評価された。
評価されたと言っても両手で数えられる程しかされた事は無いがその全てがただ胸糞悪かった。
彼自身、他人の評価を気にする様な人間ではなったので然程気にしてなかったが気分は最悪だ。
ヤマトはウエイトレスの時同様、表情に出さずに男に軽く頭だけ下げた。
チトセが茶髪の男をヤマトに紹介するが直ぐに脳内からその名前を抹消した。

 「ところで、何か用事?」

 「え? あ、いや、特に用って用じゃないんだけど」

茶髪の男は居心地が悪そうに表情をしかめ、頭を掻く。
チトセに気付かれない様に時折ヤマトを睨みつける。
ヤマトは察していた。
茶髪の男は高校卒業を期にちょっと悪に走ったけど結局垢抜けない中途半端な男でありチトセに恋心を抱いている事を。
自分に対する露骨な敵意がそれを物語っていたしチトセと話している時は僅かに頬を染めていた。

 「えっとそうだな、また今度でいいや、じゃあな」

ヤマトが居た所為で会話らしい会話も出来ず、最後にヤマトを睨みつけて茶髪の男は走り去っていった。
チトセは丁寧に彼の背中に手を振っていた。

 「今のは同級生か?」

 「うん。小学校から高校まで同級生だった人」

チトセの口ぶりからそれ程親しい仲では無かったと察し、ヤマトはざまあみろと毒吐いた。
茶髪の男はあっという間に見えなくなった。

 「なぁ、スーパー寄って良いか?」

 「うん。私もちょっとお買いもの」

 二人はスーパーに入り、それぞれ買い物籠を手に持ち、チトセは精肉売り場に。
ヤマトは少し迷いながら酒売り場に辿り着き、ビールをワンセット、おつまみを適当に籠に入れてレジに並び早々に会計を済ませ、チトセを待った。

 「お待たせ」

 「……沢山買ったな」

チトセの手には限界まで膨らんだ買物袋が握られていた。
持ち手が今にも引きちぎれそうだ。

 「お母さんに頼まれていたの。明日は忙しくて買い物行く暇ないから」

明日はお祭りの前日。
チトセは巫女として色々準備があるそうで、チトセの母親も近所の婦人会で一店出店を出すとの事だ。
流石にあれだけ重そうな荷物を持って案内させる訳にはいかないのでヤマトとチトセは少し早いが帰る事にした。

 「持とうか?」

 「大丈夫! このくらい、なんて事……」

そう言いつつも顔は真っ赤で息も荒い。
身体の細いチトセには買い物袋一杯の荷物は相当きつい様だ。
途中何度も休みながらチトセは家に到着した。
時間を掛けた甲斐あってか、後少しでカムイが言った時間になりそうだった。

 「チトセ、今日はありがとう」

 「ううん、こちらこそありがとう。ねぇ、もし良かったら、夜にお邪魔しても良いかな?」

チトセは言った。
もっとヤマトの事や自分の知らないナガト。
自分の知らない事を沢山話したいと。
ヤマトは少しだけ悩んだ後、口を開いた。

 「親御さんの許可が降りたらな」

 

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