「紅き暴君」

 

 魔道白兵隊――犯罪者で構成された非公式の魔道部隊。

 その存在は公にされず、隊員は捨て駒当然の扱いを受け、過酷な任務に従事している。

 創設されて二十年にも経たない若い組織であるが達成した任務の数は多く、治安維持に貢献している事は確かだった。

 現在、三十五番隊まで存在する魔道白兵隊の中で最強を誇る第一魔道部隊。

 その隊長である紅ライオット=名前通りの深紅の髪/気だるそうで常に人を見下した様な視線/数多のシルバーアクセサリーを身に付け/着崩した戦闘服からは野蛮な性格が伺える。

 「おい、家人! まだ着かないのか」

 とある日の昼下がり……ライオット率いる第一部隊は任務の為、第十五娯楽都市リンボに向かっていた。

 魔道駆動車を運転するのは同じく第一部隊に所属する家人・ケネディ=黒い髪+/甘いマスクに鍛えられた肉体/第一部隊最年長で百六十歳=ジークは人と比べ長寿。

 本部のある第二国家機構都市ジュデッカを発って既に三時間が経過し、ライオットの機嫌はすこぶる悪くなっていた。

 「リンボはインフェーノで一番南にあるんだ。時間が掛かるのは仕方ないだろ」

 「ちっ、遊びで行くならまだしも任務でリンボに行くなんて最悪だぜ」

 ライオットは悪態を漏らしつつ、行儀悪く座席に脚を乗せた。

 リンボは国内で唯一合法的な賭博が認められた都市であり、ギャンブラー達の聖地でもある。毎年多くのギャンブラーが訪れ、一握りが巨万の富を手に入れ、名も無き多くのギャンブラーが散っていく都市。

 ギャンブル好きのライオットは魔道白兵隊に属する前――大量殺人で捕まる前までは頻繁にリンボを訪れ、ギャンブルを楽しんでいた。

 魔道白兵隊に属してからも任務で度々訪れる事はあったがギャンブルは一切していない。規則で禁じられているのだ。

 リンボを訪れてギャンブルが出来ない事はギャンブラーにとっては拷問であり、リンボでの任務の度にライオットは機嫌を悪くしていた。

 「今日もさっさと終わらせて帰ろうぜ。で、任務の内容は?」

 「リンボを拠点とし、麻薬を売り捌く犯罪集団の壊滅と密売ルートの解明だ。壊滅自体は簡単な仕事だが、売買ルートを解明するのは簡単な事じゃない」

 「頭使う事は任せるぜ、性に合わん」

 「全く、元ギャンブラーが聞いて呆れるわ」

 家人の隣、助手席に座っていた最後の隊員であるマリア・ホワイトが苦笑を漏らし、ライオットに振り返って言った。

 白い近い灰髪/聖母の様な美しい顔立ちと肉体美/そして容姿に不釣り合いな黒い戦闘服と傍らに置かれた巨大な狙撃銃は愛する夫を殺され、喪に服し復讐鬼となった未亡人の様。

 「元を付けんな。今は休業中なだけだ。従事期間が終わって自由の身になったらまた始めてやるぜ」

 罪科によるが数十年から百十数年魔道白兵隊に従事すれば隊員は犯罪歴を抹消され、晴れて自由の身となるのだが、創設されて時期が浅い為、未だに退役した隊員はゼロだ。

 「根っからのギャンブラーだな。所で、その腕はまだ衰えてないよな?」

 家人の含み笑いの言葉にライオットは訝しがり、眉間に皺を寄せた。

 「回りくどい言い方は好かねぇ。単調直入に言え」

 「例の密売ルートだが、リンボのカジノを取り仕切る賭博組合のトップ2、マルコ副組合長が密売に関与している事が諜報員の調べで明らかになっている。マルコはライオットと同じ、根っからのギャンブラーだ」

 「つまりアレか? そいつと勝負して密売ルートを聞き出せってか」

 理解の早いライオットに家人は微笑み、懐から札束を出した。

 「部長直々の指示だ。スーツも準備してある。三十年ぶりのギャンブルだ。負けるなんて事は無いよな?」

 挑発的な家人にライオットは凶悪な笑みを浮かべ、家人の手から札束を奪い、数を数えた。

 「一万バルか。ご老体も景気の良い事するじゃねぇか。で、段取りは?」

 「まずは派手に勝ちまくってカジノと観客の眼を引く。そうすれば奴は自分から現れる筈だ。現れた所でVIPルームに誘い出し、麻薬の売人であると装い、密売ルートを聞き出す。まぁ、簡単にはいかないだろう。ギャンブルで勝てば話は簡単に進むと思うが」

 「つまり俺に勝てって事だろ? 良いぜ、やってやろうじゃねぇか」

 「あら、ライオットがこんなにやる気になってくれたのはいつぶりかしら?」

 マリアがからかう様にクスクス笑い、家人も釣られて笑う。

 「俺はいつだってヤル気満々さ。強敵が現れてくれればな」

 屈託のない凶悪な笑みで返すライオットの闘志は久しぶりに燃え上がり、まだ見ぬ強敵に心躍っていた。

 

 燦々とネオンが輝き、街全体が異様な興奮を帯び、富と名声を求め、毎夜プライドを賭けた戦いが繰り広げられる街、リンボ。

 「こんな恰好で此処に来るのは久しぶりだ」

 シルバーアクセサリーは相変わらずぶら下げているが、黒いスーツをびしっと決め、紅い髪はオールバックに整えたライオットがリンボの高層ビル群を懐かしさの帯びた瞳で見つめていた。

 ライオットの背後には同じくスーツ姿の家人と白いドレスを纏ったマリアが続いた。

 向かうはリンボ最大のカジノ、レッドクイーン。

 「まずは何から攻めるのかしら?」

 カジノ初心者のマリアの問い。

 「ブラックジャックだ。家人、ギャンブルの経験は?」

 「昔、友人と軽くやった程度さ。でも人を騙すのは得意だ」

 甘いマスクが浮かべる悪戯な笑みにライオットも気分良さげに笑い返す。

 エントランスを通り、広いホールに脚を踏みいれた瞬間、カジノ特有の欲望と絶望が渦巻く熱気が三人を包み込んだ。

 久しぶりに味わうその熱気にライオットは恍惚とした表情を浮かべ、全身で十分に感じ取った後、金をチップに変える為に換金所に向かおうとした時、視界の隅に自分を見上げる子供の顔が見え、視線を向けた。

 「……なんの用だ、ガキ」

 白いドレスを身に纏った金髪で華奢な少女は虚ろな瞳でライオットの双眸――その奥、彼の頭の中、或いは未来を見据える様に瞬きをせずにじっと見つめていた。

 「気色悪いガキだ、おい行くぞ」

 「……なな」

 踵を返したライオットの耳に寒気がする様な掠れた声が届いた。踏み出そうとした右脚を戻して振り返り、少女が再び口を開くのを待った。

 「ななのすうじ。あなたのうんめいをかえるすうじ」

 「七の数字が俺の運命を変えるだって?」

 虚ろな表情の少女は不気味な程ニッコリ笑うとライオットに背を向け、何処かに走り去ってしまった。少女の姿は人込みに紛れ、直ぐに見えなくなってしまった。

 あまりの唐突さにライオットも家人もマリアも言葉を失い、呆然と立ち尽くした。

 「なんなんだよ、あのガキ」

 「……もしかしたら、彼女が」

 家人の意味有り気な台詞にライオットは反応し、拒否を許さない強い態度で説明を要求。

 「噂程度の情報だが、リンボにあるカジノに何処からともなく現れる少女が居て、彼女の予言は百発百中で、予言の天使と言われている」

 「つまりあれか? ラッキーセブンが来たらそれが勝負所って言いたいのか? 冗談は止せ。どの手札で、どのゲームで勝負を賭けるかは俺が決める。噂だかなんだが知らんが、あんな気色悪いガキの言う事なんて真に受けていられるか」

 家人の噂話をくだらないと切り捨て、ライオットは踵を返して換金所に急いだ。家人とマリアもその後を追った。

 

 一万バルをチップに交換したライオットは二千バル分のチップをマリアに、三千バル分のチップを家人に渡した。

 「マリア、お前には期待していない。適当にスロットルでもやって好きな様に金を捨てて来い」

 負ける事が大前提の台詞に温厚なマリアも流石にムッとなり、ふんっと鼻を鳴らしてスロットルが並ぶ区画へ大股で歩いていった。

 喉を鳴らせて笑うライオットに家人は怒り気味に言う。

 「ライオット、幾ら何でも言い過ぎだ」

 「阿呆。これも作戦の内だ」

 ニヤリと子供っぽい笑みを浮かべたライオットに家人は訝しがるように眉間に皺を寄せた。

マリアを怒らせる事の何が作戦なのか、イマイチ理解出来ない家人の肩をライオットは軽く叩き、

 「お前はポーカーでもやってこい。ルールは分かるだろ? お前のポーカーフェイスなら阿呆な客から金をがっぽり稼げるさ」

 それだけ言い残し、ライオットは五千バル分のチップを持ってブラックジャックのテーブルへと向かった。

 残された家人は仕方なく、ポーカーのテーブルに向かい、空いているテーブルを探していると、丁度若者だけが座る席を見つけた。

 「この席、良いかな?」

 少しだけ震えた声で家人は言った。既に始まる家人のポーカーフェイス=カジノに始めてきて、自分と同じ年齢程の若者が集まるテーブルを見つけ、安心する青年を装い、獲物の首に食らいつこうとする。

 席に座っていた五人の男女は快く家人を迎え入れる/仮面の奥の本心=最良のカモを手に入れた狩人の恍惚。

 「ルール説明は必要ですか?」

 気を利かせたディーラーから家人へ。無言で頷き、ディーラーは軽い説明を始める。

 リンボで最もポピュラーはポーカーのルール=ホールデム。

 二枚の手札とコミュニティカードと呼ばれる五枚のカード、計七枚を組み合わせて役を作る。

 必死にルールを覚えようと何度も頷いてみせる家人に隣の大柄な男が不安を掻き消す様に豪快に笑った。

 「やってみればわかるさ。何事も経験さ。さぁ、やろうぜ」

 男の合図でディーラーがカードを配った。目の前に来た二枚のカードを家人は周りに見えない様にそっと見る。

 ♠の2と♣の4――良い手札とは言えないが、ストレートの可能性がある分、最初の手札としては上々かと内心呟く。

 続いてチップが賭けられ、家人もおずおずとコールする。

 プリフロップが終了し、ディーラーがコミュニティカードを三枚オープンする――?のK、♣の3、?の6。

 5が来ればストレートだが、家人は意味が分からないフリをし、適当に悩んでいる体を装う。

 すると隣の女が猫撫で声で話しかけてきた。家人の一番嫌いなタイプの女だ。

 「緊張せず、直感を信じて、今だと思った時にレイズすればいいのよ」

 他の客が賛同する様に捲し立てる。その瞬間、このテーブルを理解し、戦いの最中に抱く感情が湧き上がった=殺意。

 ディーラー以外、全員がグルで初心者相手に金を巻き上げる烏合の衆。ディーラーの表情を伺うと完全な仕事の顔で、此処で行われているゲームを全く楽しんでいない表情だ。

 ディーラーとは言え、彼も人間だ。白熱した駆け引きが眼の前で起きれば多少なりとも表情に出るものだがそれが一切ない。

 ディーラーに同情しつつ、次はテーブルに置かれたチップの総額を計算する――ざっと十万バル=総取りすれば元値の三十倍以上。

 家人は此処にいる五人全員を殺す事に決めた。

 二回目のベットラウンドが終わり、誰もレイズしないまま四枚目がオープンされる。

 ?のK。視界の隅で眼鏡を掛けた男の口角が上がったのを確認した/おそらくKのスリーオブアカインド。

 とてもポーカーフェイスが出来そうな男ではなく、感情がそのまま表情に表れているのが丸分かりだった。

 三回目のベットラウンドが終了、途中、一人がフォールドし、一人がレイズをした。

 最後の一枚がオープンされた――♠の5。家人は2、3、4、5、6でストレートが完成し、勝利を収めた。

 「勝ったのか?」

 たどたどしい言葉で言うと、他の五人がこれでもかと拍手を送ってきた。

 「席について最初のゲームで勝つなんて素晴らしい。幸運の女神は君の味方の様だ」

 思ってもいない事を平気で口にし、醜い笑みを浮かべる隣の男に同じ様に塗り固めた笑顔を向け、五人を殺す為に必要な布石を置いていく。

 「よしっ、今日は勝ちまくるぞ!!」

 実際に聞こえるかの様に五人の心の声が分かった。醜い人の本性が。

 この後、十回のゲームで家人は五回負け、一回勝ち、四回降りた。残りのチップは元値より少し少ない2800バル。

 「……十分かな」

 誰にも聞こえない小さな声で呟くと、家人の眼が戦いの最中に浮かべる狩人の瞳へと変わり、その変化を唯一察知したディーラーが、彼の表情も仕事の顔からゲームを楽しむ顔に僅かだが変わった。

 十二ゲーム目――家人の手札は?と♠のK=文句のつけようのない手札。

 家人は一切の迷いなく、自分の前のチップを全て前に出した。

 「オールイン」

 五人の客がどよめき、ディーラーがニヤリと笑った。それは家人が勝つ事が分かっていると言わんばかりの笑み。

 「オールインか。勇気ある決断に乗らないのは失礼だな」

 隣の男も家人の総額と同じだけチップを賭け、残りの四人も同じ様に賭けた。

 場のチップの総額は16800バル。勝てば大勝ちとなる金額だ。

 家人は五人の表情を一瞥。全員が勝った気でいる表情。

 このゲームが終わる頃には絶望へと表情が変化すると思うと、家人も思わず笑ってしまいそうになる。しかし耐えた。

 コミュニティカードの最初の三枚がオープンされる――♣のK、♣のA、?の10。

 既にKのスリーオブアカインドが完成し、まずまずの状況。

 続いて、四枚目――♣の10。

 Kのフルハウスまで手が届く。勝利は目の前。だが視界の隅で体格の良い男がほくそ笑んでいる姿が確認出来た。しかしオールインをしてしまった以上、後戻りは出来ない。勝てば天国、負ければ地獄。

 運命の五枚目がオープンされた瞬間、体格の良い男が高笑いし、家人を睨んだ。

 「かなり自信のある手札だったみたいだが残念だったな!! 小僧、お前が此処で生き残るには実力が足りなかったんだよ、お前の負けだ!!」

 男の役はAとKのフルハウス。残りの四人も下品な笑い声を上げ、自分達の勝ちに酔いしれていた。もう、グルである事を隠そうともしていない。

 家人はため息を漏らしつつ、ディーラーを見た。

 確かな笑みがそこにあった。グルで初心者狩りをする屑共の顔が絶望へと変わる瞬間を早く見せてくれと、目が訴えかけていた。

 家人は自分の手札をオープンする。

 「Kのフォースオブアカインド。彼の勝ちです」

 最後の一枚は?のK。体格の良い男のAとKの最強のフルハウスを完成させると同時に家人に、それを上回るKのフォースオブアカインドを完成させた。

 勝利に酔っていた五人の表情が一気に凍りつき、怒りと恐怖の混ざった瞳で家人を睨んだ。

 ニヤリと笑う家人の瞳には殺意が帯び、五人をいとも簡単に委縮させる。

 もう演技をする必要はない。プライドを傷つけられた五人は意地でも家人を潰しに来るだろう。

ギャンブルに置いて冷静さを欠いた者は必ず負ける。

この場の10万バルはもう、手に入れたも当然だ。

 「さぁ、続きをしようか、諸君。俺か、お前等が死ぬまで」

 いつもの余裕に満ちた笑みが家人の顔に浮かんだ。

 

 「素晴らしいゲームでした」

 席に座る者が家人だけになったテーブルで、ディーラーが満足気な笑みで告げた。

 結局、家人は五人を丸裸にして、10万バル分のチップを手に入れた。

 毛の生えた初心者より酷いゲームを繰り広げた五人はプライドをずたずたに引き裂かれ、もうこのカジノにはやって来られないだろう。

 集まった観客に見送られ、五人はカジノを逃げ去っていた。

 「ギャンブルは正々堂々戦う者が勝つと決まっているんですよ」

 真面目な顔でそう告げた家人は10万バルのチップを1万バルチップ十枚に換え、テーブルを立った。

 人込みを掻き分け、二人の仲間を探しているとマリアの後ろ姿を見つけた。

 「マリア」

 「家人!! 見て、こんなに勝っちゃった」

 笑顔で告げたマリアの腕には大量の100バルチップが入ったケースが抱えられていた。軽く見ても1万バルはあり、元値の2000バルを考えれば大勝と言えるだろう。

 「本当に初めてだったのか?」

 訝しげな家人にマリアは頷く。

 「隣に座ったダンディな叔父様がね、スロットルのコツとか教えてくれたのよ」

 合計11万バルに膨れ上がったチップ。後はライオットが何処まで勝っているかだ。

 ライオットが向かったブラックジャックの区画に行くと一目で分かる人だかりが出来ていた。

 人の波を掻き分けて最前列まで行くと案の定、テーブルにはライオットが座り、貫禄あるディーラーと一対一で勝負していた。

 ライオットの前には既に山の様なチップ――全てが5000バルチップで20万バルはある。

 「ライオット」

 「おう。どうだ? 幾らくらい負けた?」

 ニヤリと笑うライオットに二人とも大勝ちした事を告げた。

 「おいおい、マリアまで勝ち待ったのか。少し作戦変更だな」

 これ見よがしに大きな声で言うと、ディーラーの表情が一気に険しくなり、小さな声で口元のマイクに何かを告げているのが三人には分かった。

 「まぁ、いい。これだけ派手に動けば、あちらさんも動いてくるだろう。これは最後の仕上げだな」

 視線をディーラーに戻し、ゲームを再開する様告げる。

 ポッドにチップの約半数=家人が五人のギャンブラーを殺して手に入れたのと同額の10万バルを乱暴に置き、ライオットはニヤリと笑った。

 カードが配られ、♠のKと♠のJの合計20。

 観客が湧き、ルールを把握している家人もチップを握った手に汗が滲むのを感じた。

 ディーラーのカードは?の10。

 「スタンドでよろしいですかな?」

 ライオットからの返答を待たず、ディーラーは伏せていたカードをオープンしようとした。

 すかさずライオットは残りの10万バルをポッドに入れ、鋭い声で告げた。

 「ダブルダウン」

 ディーラーの手が止まり、観客がざわめいた。

 20から更にカードを引く事は殆ど自殺行為であり、Aが来なければバストして賭けた20万バルは全て没収される。

 しかし、ライオットの表情は自信に充ち溢れ、Aが必ず来ると信じて疑わない顔だった。

 ディーラーがカードシューから一枚カードをライオットに伏せた状態で渡した。運命を決めるカードを自分の手でオープンしろと言わんばかりに。

 伏せられた一枚のカードをライオットは軽い動作でオープンした。

 「♠の……A」

 家人が静かに告げた。

 笑みを浮かべるライオットと一気に脱力し、自分の完全敗北を悟るディーラー。遅れて一気に湧く観客。

 ライオットは勝った。20から見事Aを引き当て、合計21で。

 その手札はJとAで出来たブラックジャックを、凶暴極まりない王の風情のライオットが支配している様に錯覚させられた。

 ブラックジャックと言うゲームを支配する王=ライオット。

 家人は改めてこの男の強さを目の当たりにし、息を呑んだ。

 魔道白兵隊最強と言われる魔力の高さにくわえ、その強運は比肩する者がいないと家人は本気で思った。

 ライオットの大勝に湧く観客とは裏腹に当の本人は落ち着いた様子で現れるであろう強敵を見据えていた。

 倍に増えたチップを1万バルチップに全て交換し終えた所で、観客の一角が割れ、白いスーツに身を包んだ男がガードマンを引き連れ颯爽と現れた。

 リンボのカジノを取り仕切る賭博組合のトップ2であり、麻薬密売ルートを知る男、マルコ副組合長。

 「素晴らしいゲームでした」

 「誰だお前?」

 不機嫌そうなライオットの声。勿論、マルコの容姿は把握している為、その問いに意味は無い。

二人の戦いは始まっている。

 「私は賭博組合の副組合長を務めているマルコをいう者です。貴方達三人の活躍は見させて頂きました。よろしければVIPルームに招待させて頂きたいのですが、如何でしょう?」

 塗り固められた笑顔が妙に気持ち悪かった。作り笑いである事を一切隠していないその態度にマリアは寒気を感じ、ライオットは挑発と受け取って、チップを掴むと不気味な笑みを浮かべて、マルコの前に立った。

 「良いぜ、お前からもたっぷり搾り取ってやるよ」

 マルコは恭しく頷くと三人をVIPルームへと招待した。

 「マルコ……名前は良く聞くぜ。ポーカーで無敵を誇る男。別名『鉄仮面のマルコ』」

 VIPルームへ続く階段を上りつつ、ライオットにしては珍しく相手を褒め称えた。

 マルコは苦笑を漏らして頭を振り、謙遜な態度を見せる。

 「誰が付けたかも分からない渾名です。私は只、大好きなポーカーを楽しんでいるだけです」

 「賭博組合副組合長にしてレッドクイーンのチーフディーラーであるあんたがわざわざ俺達を直に招待したって事は相手してくれるんだよな? お得意のポーカーで」

 「勿論」

 「そりゃ楽しみだ。俺もブラックジャックよりポーカーが好きでな。カジノより、自信に満ちたギャンブラーを殺す方が楽しいからな」

 「恐ろしい方だ。今まで何人殺してきたんですか?」

 「忘れたな。殺した人間の数なんて覚えてないさ。あんたこそ、何人の人間を殺し、駄目にして来たんだい?」

 「全て把握はしていませんが、一万はくだらないかと」

 「へぇ……それは駄目にした人間の方が多いのか?」

 「おそらく」

 「本当、あんたとの勝負は楽しそうだ」

 ライオットとマルコの会話を背後から聞いている家人とマリアは二人の言葉の殴り合いに寒気を感じ、委縮していた。

 放たれる一言一句聞き逃さずに、僅かな挙動からも相手の腹を探ろうとしているのが分かるがその相手をするのはまっぴらごめんだと先程五人のギャンブラーを殺した家人は思った。

 「着きましたよ」

 マルコが脚を止めて振り返り、恭しくお辞儀をして、三人をVIPルームへ招いた。

 三人以外に客の姿は無く、部屋の隅には黒服のガードマンが無表情で立ち、待機していた。

 部屋の中心にはポーカーテーブルと年配のディーラーが完璧な姿勢で立ち、ライオットと目が合うと深々とお辞儀をした。

 「私が最も信頼するディーラーです」

 「なるほど、公平なゲームが楽しめそうだ」

 イカサマを牽制する一言だったがマルコにもディーラーにも一切動揺はない。ライオットはマルコが正々堂々戦うと判断し、席に座り、チップを置いた。

 「お前等も座れ、楽しもうぜ」

 「私、ポーカーなんて初めてよ。ルールは知っているけど」

 「安心しな。此処には馬鹿な賭け方をして笑う観客はいない。最高のディーラーと最高の相手がいるだけだ。最初は全員、気を配って馬鹿な真似はしない、そうだろ?」

 ライオットは立ったままのマルコを一瞥。

 「はい。お連れのお二人も素晴らしい夜を楽しみましょう」

 塗り固められたマルコの笑顔を家人とマリアは警戒しながら席に座り、倣う様にマルコが席に着いた。

 「初めてのお客様がいると言う事ですのでスモールブラインドは30、ビックブラインドは60で、ノーリミットでよろしいでしょうか?」

 ディーラーが落ち着いた口調で言い放ち、マルコを除く三人が無言で頷いた。

 「では」

 ディーラーがディーラーボタンをマルコの前に置いた。隣のライオットがスモールブラインドである30バル分のチップを出し、隣の家人がビックブラインドである60バル分のチップを出し、マリアもマルコも同額のチップを出した。

 ディーラーがカードをシャッフルマシーンに入れ、数回シャッフルしてからコミュニティカードを五枚、四人に二枚ずつ手札が配られる。

 手札をチラリと見たマリアの顔が難しそうな表情に変化した。彼女の場合、どんな手札が来ても同じ顔をしただろう。

 ライオットは無表情のまま、手札を一瞥し、マルコに視線を向け、自分の中で闘志が一気に湧き上がるのを感じた。

 渾名通りのマルコがそこにいた。表情は一切ない、完璧な無表情。瞬きすらゼロコンマのずれも無い程一定でまるで機械の様だった。

 「ベット20」

 ライオットが告げ、賭け金が60から80になる。

 「コール」

 静かに家人が告げた。

 「コール」

 マリアがおずおずと告げた。

 「コール」

 マルコが感情の無い声で告げた。

 コミュニティカードが三枚、表になる――?の8、♠のK、♠の3。

 マリアの表情が手に取る様に明るくなったのが分かった。思わず噴き出しそうになるのを堪え、ライオットは告げる。

 「チェック」

 チップを賭けない選択をした。彼にしては珍しく慎重な選択だが、それも勝つ為の布石ではないかと家人は疑ってしまう。

 同じテーブルに座ってしまえば仲間同士でもその瞬間から敵同士。

 そもそも本来の目的は勝つ事ではなく、マルコと接触し、麻薬の売買ルートを聞き出す事。その為の口実は練り上げているが、マルコと対面してから二十分程度の時間でこの男に嘘なんて通用しないのではないかと本気で感じていた。

 「ベット……30」

 二人の強敵の顔を伺う様にベットを出し、勝負に徹しながらも頭の片隅では任務の事も考えていた。

 「コール」

 マリアがコールを告げ、マルコもコールする。

 四枚目が表になる――♠の5。

 「ベット100」

 いきなりの高額ベットにマリアがまず驚き、家人も表情をしかめた。マルコは無表情のまま。

 「馬鹿な真似はしないって言ったのは誰だよ」

 悪態を吐きつつ、家人はコールし、横目でライオットを睨む。

 「後ろ指さされる程でもないだろ? これも作戦さ」

 「気を利かせたと思ったらこれだわ」

 ニヤリと笑うライオットを恨めしそうにマリアが見つめコールする。

 「コール」

 マルコが告げ、最後の一枚が表になる――?の8。

 最後のベットラウンド。

 「チェック」

 またもや賭け金を増やさないライオット。最後のカードで思った役が出来なかったのか。

 「ベット30」

 家人が相変わらず冷静な声で告げ、

 「レイズ90」

 マリアは自信げに告げた。

 「コール」

 マルコが最後に告げ、全員が手札をオープンした。

 「やった、勝ったわ!!」

 マリアの手札=♠のAと♠のJ――コミュニティカードと合わせてスペードのフラッシュの完成だ。

 「おや、まさか初心者である貴女が勝つとは、幸運の女神がついているのかもしれませんね。いえ、もしかしたら貴女自身が幸運の女神かもしれません」

 あからさまな褒め言葉だが勝って浮かれたマリアにそれを見抜く余裕はなく、気分を良くした様にマルコに礼を言って増えたチップを嬉しそうに見つめていた。

 「次のゲームを」

 ライオットが静かに告げ、次のゲームが始まった。

 

 ガードマンを除けば、ディーラー含め五人しかいないVIPルームだが、室内の異様な熱気は客が鮨詰め状態のホールと変わらなかった。

 テーブルに座っているのは三人――ライオットと家人、そしてマルコ。

 マリアはライオットの背後に立ち、敗者らしく無言で勝負を見守っていた。

 VIPルームに入って既に二時間が過ぎ、50回程ゲームが行われた。

 ブラインドは徐々に上がって行き、今はスモールが500、ビックが1000で、一万バル分のチップしかもっていなかったマリアは初戦こそ勝ったもののそれ以降は負けとフォールドのくり返しで、10ゲーム前に敗れた。

 勝率で言うなら、現在一番勝っているのはライオットだった。

 しかし、ライオットの表情は僅かに険しく敵であるマルコを警戒しているのが手に取るように分かった。

 ライオットのチップの数は40万だったが現在の数は35万。

 家人は10万から9万減り、マルコだけがチップを増やしていた。

 マルコの勝負の仕方は異様だった。

 ライオット達の誰かが良い手札だとそれが分かっているかの様に躊躇い無くフォールドした。

 それだけでも十分不可解なのだが何よりおかしいのは彼の勝ち方だった。

 彼が勝つ時は殆どが僅差での勝ち。つまりライオット達の誰かが充分に勝てる手札の時に勝っているのだ。

 勝率だけみればライオットに負けているが奪ったチップの数なら圧倒的だった。

 イカサマの可能性は三人とも最初に考えた。だがイカサマをしている素振りはなかった。

 一般人の数倍の身体能力を有するジークである三人の目を欺く様なハンドテクニックを一般人が持つ事は不可能だ。

 絵柄を透視する特殊カメラの存在の可能性も考えたが、ライオット自身、マルコは正々堂々戦うと判断した。彼の目に狂いは無いし、そんな装置があるならもっと前から使っていた筈だ。

 「どうしたのですか? 少し前から口数が少なくなっていますよ」

 「負ければ口数も減るもんだ」

 平静を装ったライオットだったが苛立ちが語尾に現れていた。ギャンブラーとしてのプライドがたった数時間のゲームでズタズタに切り裂かれ、寝起きの時の様に気分が悪い様だ。

 冷静さを失おうとしているライオットを見兼ね、家人は彼に耳打ちをする。

 「勝負に勝ちたい気持ちは分かるが俺達の目的は別にある、分かっているだろ?」

 「忘れちゃいねぇよ」

 家人を見ようともせず、ライオットは言い放ち、ディーラーにゲームの再開を告げようとした時だった。

 マルコの口から全く予測出来ない言葉が発せられた。

 「楽しい勝負の時くらい、任務の事は忘れましょう。麻薬の売買ルートなど、ゲームが終わった後にお話しして差し上げますよ」

 完全なる奇襲だった。マリアは驚嘆に目を見開き、ライオットと家人も驚きが表情に出た。流石と言うべきは誰も言葉の意味を聞き返さなかった事だ。

 「ますますお前に勝ちたくなったぜ」

 ライオットの闘争心に地獄の業火の如き火が付いた。

 怒りは矛を収め、代わりに冷酷さと獲物を前にした時の残虐さが瞳を染めた。

 それを確認した家人は自分の前のチップをそっとライオットのチップの山に足した。

 「どうやら初心者の俺の役目は終わったらしい。後は任せた」

 「あぁ」

 「一対一……これからが本当の勝負ですか。貴方とは楽しいゲームが出来そうです」

 「グダグダ抜かしてないで次のゲームを始めろ」

 ブラインドを無造作に投げ、マルコは丁寧にポッドにチップを置き、コミュニティカードと手札が配られる。

 ライオットの手札は?のQと♣の10。

 「ベット2000」

 「コール」

 ライオットがコールして直ぐ、三枚のコミュニティカードが表になる――♠のJ、♣の8、?の10。

 「チェック」

 マルコのチェックにコールしようとしたライオットの口が止まる。此処でチェックする意味はなんだろうか。

 現状の手札では勝敗を判断しかね、一度様子をする腹積もりか?

 それともチェック自体がブラフで弱い手札と見せかけておいてライオットに多くのベットを払わせるつもりか。

 マルコの仮面の様な表情から行動の意図は一切判断出来ない。疑えば疑う程ハマり込んでしまう疑心暗鬼の螺旋階段。

 表情以外の動きで手札の強さを探ってみようともしたが手札を見る時とベットする時以外、マルコは一切動かず、呼吸も機械の様に一定だった。

 まるで人工知能と戦っている気分だった。相手の手札の強さは勘と運に任せる以外選択肢はなかった。

 「ベット5000」

 ライオットが告げると四枚目が表に返される――?の9。ライオットはこれでQ、J、10、9、8ストレートの完成だ。

 だが、コミュニティカードだけでもJから8まで並んだ役が出来ていて、マルコも同じストレートの可能性はある。

 マルコの元にQとそれ以上のカードがあればマルコの勝ち。確率はそう高くない――否、マルコは間違いなくQとKかAを持っているとライオットはマルコとの戦いから得た経験と直感で見抜いていた。

 今までも何度となく同じ場面を経験し、負けてきた。だが、何度か僅差で勝った事もあった。もし、マルコがQを持たず、代わりに7を持っていた場合、ライオットは勝てる。

 どちらに賭けるか――答えは決まっていた。退かない――それがライオットの答えだった。

 「ベット6000」

 「レイズ1万」

 一気にベットを引き上げ、あからさまな牽制をするもマルコの表情は一切動かず。

 最後の1枚が表にされる――?の3。

 最後のベットラウンド。

 マルコは迷いなくベットし、ライオットはチェックした。

 「ショウダウン」

 二人の手札が公開され、結果――勝ったのはマルコだった。

 ライオットの勘通り、QとAを所持し、役こそライオットと同じだったが残ったカードのランクによりマルコが僅差で勝利を納め、大量にチップを手に入れた。

 「毎回、面白い勝ち方をするな」

 「幸運の女神が私に微笑んでいる証拠ですよ」

 チラリとライオットの背後に視線を送り、笑顔の仮面を被るマルコにマリアは嫌悪感をあらわにし思わず一歩後退りする。

 余裕の無いライオットと違い、マルコはまだ余裕が全身から滲み出ていた。

 ライオットは考える、どうやったらこの男に勝てるか。何を犠牲にすれば勝利を掴み取れるか――魔道白兵隊一番隊長としての責務を珍しく果たそうとするライオットの後ろ姿をマリアと家人は静かに見守った。

 

 更に一時間が過ぎた。

 「また私の勝ちです」

 状況は変わらず、大きな勝ちはマルコが取り続け、今回のゲームで遂にマルコのチップがライオットのチップを越えた。

 「どうします? まだ、ゲームを続けますか?」

 無表情のまま、勝ち誇った様にマルコは告げた。圧倒的な実力の差にライオットは無言で自分のチップの山を見つめていた。

 「此処まで76ゲーム、貴方は良く戦いました。私が相手でなかったら、大勝を納めていたでしょう。相手が悪かったんですよ」

 ガバッとライオットが顔を上げ、驚いた様子でマルコを凝視していた。

 予想外の反応に、マルコの表情に僅かだが動揺が走る。ライオット達の正体を知っていると事は彼等がどんな仕事をしているかを知っていると言う事。背筋に冷たいものが流れるのを感じつつ、マルコは平静を装う。

 「今なんて言った?」

 「……相手が悪かったと言ったんですよ。別に貴方が弱いと言いたい訳ではありません」

 マルコが言葉を慎重に選んで言った。しかしライオットは頭を振り、更にマルコを混乱させる。

 「その前だ。何回目のゲームと言った?」

 「76ゲーム目と言ったのですが、それが何か?」

 つまり次のゲームは77回目。

ライオットは息を飲む――これは偶然だろうか?

 脳裏にカジノに訪れた時の出会いが蘇る=謎の少女との出会い。家人は少女の事をリンボのカジノに現れる予言の天使と言った。

 77ゲームを目の前にして所持チップの逆転――これは偶然か否か。

 ライオットは奥歯を噛み締めると無言でチップをポットに置いた。

 勝負を掛けるも引くも自分の意志で決める。ライオットは無言のままマルコを睨みつけ、マルコは心底憐れんだ目でライオットを見つめていた。

 「正直、残念です。自分を過信するあまり、引き所を見失った者は愚かでしかない。出来るなら、貴方のそんな姿、見たくなかった。負ける様なら売買ルートの情報もお渡しする話は白紙にさせて頂きます」

 そっとチップをポットに置き、ディーラーがカードを配る。

 マルコが手札を一瞥する中、ライオットはじっと伏せられた自分の二枚のカードを凝視していた。

 ライオットは今、二つの選択に迫られていた。

 ギャンブラーとしての誇りを取るか、ジークとしての誇りを取るか。

 ギャンブラーとしてリンボで賭け事に興じていた頃、負けの経験もあったが、どんな時でも自分の意志で勝負してきた。誰かの言葉に惑わされたり、頼ったりした事は一度も無い。

 魔道白兵隊一番隊隊長として任務に従事する様になってから、ライオットは一度も任務を失敗する事なく達成してきた。

 どちらの誇りを取るか――両方の誇りを守る事は出来ないのは既に決定的だった。

 ライオットはそれがたまらなく悔しかった。誰よりも強い自分の中にある小さな弱さ。克服した筈の脆い自分が心の奥底から微笑み、ゆっくりと蝕もうとしている。

 考えれば考える程、時間が立つ程、頭の中で耳障りな笑い声が大きくなっていく。

 「くだらねぇ……」

 獲物を捉えた時の殺意の滲み出る低い声。対峙するマルコも、背後に立つ家人とマリアも背筋に寒気が走り、身体が強張った。

 ライオットはカードを捲る事なく、自分のチップの山全てをポットに入れた。

 「オールイン」

 マルコの鉄仮面が彼の意志に反して初めて剥がれた。気が狂ったとしか思えないライオットの行動に動揺を隠せず、自分の手札をもう一度確認した。

 「どうした? 手札を何度確認しても変わらないぜ?」

 ギャンブラーとしての誇りでなく、ジークとしての誇りを選んだライオットの声に迷いや慎重さは一切なかった。

 家人達が良く知る、傍若無人で覇気に満ちた声のライオットがそこにいた。二人の顔に自然と笑みが浮かんだ=ライオットの勝利を信じて疑わない表情。

 「どうする? 乗るか、反るか。自信がないなら乗らなくても良いんだぜ、腰抜け」

 不敵な笑みを浮かべ、あからさまな挑発をするライオットに対し、マルコは完全に冷静さを失い、額に青筋が走る。プライドを傷つけられ、怒りをあらわにするマルコは自分のチップを全てポッドに押し込んだ。

 「良いでしょう。貴方が再起不能になる瞬間を楽しみましょう」

 不敵な笑みを浮かべ、マルコは自分の手札をオープンした。

 ♠のAと?のA――最強のワンペア。この時点でマルコはかなり有利な手札。

 「さぁ、貴方の手札を見せて下さい」

 「焦るなよ。楽しみは最後に取っておこうぜ」

 自分の手札は公開せず、ディーラーにコミュニティカードを表にするよう催促。

 ディーラーはマルコを一瞥し、頷くのを見てから、三枚のコミュニティカードを表にした。

 「?のA、♠のK、♣のK……!!」

 マリアが思わず叫んだ。その声は悲鳴に似ていたかもしれない。

 残り二枚のコミュニティカードを残して最強のフルハウスを完成させたマルコは勝利を確信した笑みを浮かべ、膝の上で両手を力の限り握り締めていた。

 マルコの手札に勝つ方法は一つ――残るコミュニティカードとライオットの手札が全て同じカードである事。確率は数千分の一。

 絶望的な状況。それでもライオットの顔から不敵な笑みは消えなかった。

 「ディーラー。残りのカード全部同時にオープンで良いか?」

 マルコを一瞥後、ディーラーは頷き、ライオットとディーラーがそれぞれカードを掴み、同時に捲った。

 一瞬の沈黙だった。

 ライオットが口角を上げて笑い、ディーラーが息を飲み、家人が微笑み、マリアが驚きに目を見開き、マルコが絶望に顔を歪めた。

 四枚の7が五人の目の前に現れた――予言の天使が予言した通り、『7』の数字がライオットの運命を勝利に導いた。

 「俺の勝ちだな、『鉄仮面のマルコ』。大人しく売買ルートの情報を渡しな」

 その言葉に漸く我に返ったマルコは呆けた表情で頷いた。

 

 死闘を繰り広げた舞台、レッドクイーンのエントランス。数時間ぶりに人込みの喧騒を味わいながらライオットは椅子に座って気分良く蒸留酒を味わっていた。

 「情報を部長に転送し、解析して貰った結果、間違いなく麻薬の売買ルートだそうだ」

 事務的な口調で告げた家人にライオットは上機嫌な様子で頷いた。

 マルコとの死闘を見事制し、麻薬の売買ルートの情報も手に入れ、後は麻薬を売り捌く犯罪集団の壊滅だけ。

 グラスに残った蒸留酒を一気に煽り、ライオットは立ち上がった。その腰には愛銃である五十口径の化け物拳銃がぶら下がっていた。

 「行くぞ」

 鋭い声に家人は頷き、先を歩くライオットをマリアと共に追った。

 レッドクイーンを出て大通りから外れ、リンボの陰であるスラム街に到着した。

 闇夜に包まれたスラム街は麻薬中毒者が闊歩し、売女が男を誘い、悪臭が漂い、人の悲鳴と喘ぎ声が絶え間なく響く、混沌を圧縮した様な場所だった。

 煌びやかなカジノの街であるリンボがその華やかさを維持する為に薄汚れた部分を捨てる為の場所。警察でさえ手の出せない無法地帯――無知な者がくれば骨まで食らい尽くされてしまう場所。三人はその混沌の外れ、影と光の境界線付近にある古びたアパートの前に立っていた。

 スーツとドレスを纏ったままの姿にスラム街の住人は目を光らせ、物陰から三人を襲うタイミングを見計らっている。

 「奴らのアジトはこの古いアパートで間違いないんだな?」

 ライオットの問いに家人は頷き、彼の足元には既に三体の霊獣が待機し、牙を剥き出しにして唸り声を上げていた。

 「さて、暴れようぜ」

 ニヤリと笑い、腰から拳銃を引き抜き、観音開きの扉を蹴り破り、アパートの中に侵入したライオットは、視界に入った二人の男を即座に撃ち殺した。

 二発の銃声と共にスラム街の一角が一瞬で戦場と化した。犯罪集団の構成員だけでなく、これを期に麻薬を盗もうとする中毒者や金を横取りしようとする者が一斉に通りへ躍り出て、三人に襲い掛かった。

 「襲ってくる奴は全員敵だ、躊躇うな」

 冷酷なライオットの言葉に家人とマリアは無言で頷き、背後から襲い掛かるスラム街の住人に躊躇いなく、霊獣をけしかけ/頭を撃ち抜いた。

 「楽しくなって来たぜ」

 本来の敵である犯罪集団を相手取り、ライオットは高らかな笑い声を上げ、魔道術を駆使し、圧倒的な力で向かってくる者を惨殺していく。

 頭を撃ち抜かれた死体/全身黒焦げになった死体/バラバラになった死体。ライオットは無傷のまま、彼の周りには死体の山が築かれ、辺りに血の咽返る臭いが充満していく。

 もはやそれは戦いとは言えず、ライオット達の一方的な虐殺だった。

 ライオットの魔道術が敵を襲い、家人の霊獣が敵を食らい、マリアの銃弾が敵を撃ち抜く。

 敵の攻撃も熾烈を極めたが全て防がれ、傷一つ負わせる事が出来ない。銃弾は魔道防壁に阻まれ、斬り掛かった者は近づく前に葬られた。

 悲鳴が響く中、ライオットは笑っていた。殺す事に快楽を感じ、楽しくて仕方がないという笑いを。

 殺戮劇はものの十分程度で終わりを迎えた。立つ者はライオット達三人だけ。通りとアパートの中は死体で埋め尽くされ、ジークの圧倒的な強さを物語っている。

 「終わりか?」

 つまらなそうに呟くライオットは拳銃をホルスターに戻した。

 「任務完了だ。ご老体に報告してさっさと帰ろうぜ」

 強敵との死闘の後のつまらない戦いを終え、ライオットはさっさと歩き出し、家人とマリアはその背中を追った。

 

 翌日――リンボからジュデッカに帰還し、ずっと寝ていたライオットは家人の口から直ぐに次の任務がある事を聞き、めんどくさそうにため息を漏らす。

 「ったく、少しは休ませろよ。ご老体も人遣いが荒いぜ」

 「人遣いが荒いのは貴方もでしょ、ライオット。少しは運転しなさいよ」

 「断る。で、次の任務はなんだ?」

 マリアの叱咤に耳を貸さず、大きな欠伸を漏らし、家人に問う。

 「トーマス部長の話ではかなり重要な任務との事だ」

 「重要ね…」

 興味無さげに呟くと同時に、車は魔道白兵隊本部の前で停まり、三人はトーマスが待つ部長室へと向かう。

 ノック無しで扉を開けるとトーマス部長と四人の魔道白兵隊の隊員の姿が目に入った。

「第一魔道白兵隊、到着しましたよ、っと」

ライオットはズカズカと進み、四人を押し退け、トーマスの前に立った。

「で、今回の任務は?」

「これで、全員揃ったな」

トーマスの言葉にライオットの眉間に皺がより見る見る不機嫌な表情となり、彼の視線が直ぐ近くに立つ四人の若いジークに向けられた。

「誰だ、てめぇは?」

一番近くにいた灰髪の女ジークの胸倉を掴み、恫喝に近い声で聞いた。

「第七魔道白兵隊隊長、如月フィオナです。御逢い出来て光栄です、第一魔道白兵隊隊長、紅ライオット隊長」

ライオットの表情が一瞬だけ、凍りついたのを家人は確かに観た。

当の本人もそれを自覚し、隠す様に侮蔑の笑みを浮かべ、噂のジークに向けて侮辱の一言を言い放った。

「お前、あれか、親殺しのフィオナか!」

湧き上がる恐怖を打ち消す様にライオットは声を荒くして叫んだ。

絡みつく『7』という数字。脳裏に少女の不気味な笑みが蘇る。まるで自分の運命をその少女に握られているかのような錯覚に陥り、恐怖よりも怒りが湧いてくる。

予言はまだ終わっていない――目の前の少女=フィオナがライオットの運命を変えるとでも言うのだろうか。『7』の数字と大罪を背負う少女が。

ライオットは声に出さず、呟く、くだらないと。

運命など、自らの意志で歩む事を放棄した者の言い訳だ。全てを運命の一言に任せ、考える事を放棄し、自分に酔っている者の。

フィオナ達、第七魔道白兵隊が自らの運命を変える存在なら、そんなものねじ伏せてやる――ライオットはそう誓った。

inserted by FC2 system