五話 シガーキス

 

鳴り止まない騒音が響くSMB本部ビル地下一階の技術開発課の製造工場。日夜、実働部隊と諜報課のために職員が徹夜を繰り返し、新たな武器や兵器が生み出される場所だ。

 

「難しいなぁ」

 

工場と隣接し、防音壁で隔たれた同課オフィスの一角にある自身のブースで如月が唸っていた。

 

その隣でシュガーが糖分過多のココアを飲みながらモニターに映し出された数字と図面の羅列をボケっと眺めていた。

 

「良くわからないが、大変そうだな」

 

「頭が爆発しそう。まさかこんなに難しいなんて思わなかった」

 

ため息を漏らす如月が取り組んでいるのはトヨタマの新装甲技術の機械義肢への転用。

 

その装甲技術は強度の異なる装甲を何種類も重ねることによって衝撃を拡散し、従来の何倍もの強度を実現した技術だが、ただ装甲を重ねるだけではその強度は得られず、接合面の微妙な凹凸と、ある一定の表面積が必要になってくる。

 

転用するために乗り越えなければならない課題は二つ。

 

装甲の表面積と重量だ。

 

装甲は最低でもパワードスーツ一体分の表面積を必要とするため、十分の一以下の表面積になってしまう機械義肢では本来の強度を得られない。使用する合金も比重が高く機動性が落ちてしまうのが難点だ。

 

小さな表面積で比重の軽い合金を用いても強度の変わらない装甲――まさしく新装甲技術のデメリットを否定する開発を行わなければならない。

 

トヨタマの開発部にも協力を煽っているが期待した返事はまだなかった。

 

今は軍用に用いられている合金を端から順に組み合わせ、強度を数値化し、義肢の形でその強度がどう上下するかをマザーサーバーの演算機能をフルに活用し、行っている。

 

情報解析課からは文句を言われ、マザーサーバーに搭載されたAIからは愚痴を漏らされ、三重苦に陥っている。

 

如月はそのデータを元に神経回路の構築と人工筋肉の割合などを計算し、サンプルを幾つも作るが、納得のいくサンプルはまだ出来上らない。

 

関節の稼働や神経の伝達速度にどうしても欠陥が生じてしまい、今までと同じパフォーマンスを維持出来ない。

 

既に三日間不眠で作業を行い、頬はやつれ、大きな隈をこしらえた如月をシュガーは複雑な気持ちで見つめた。

 

四日前、シュガーの両親の件以来、如月は何かに取り憑かれたように作業に没頭している。

 

シュガーが休めと言っても大丈夫の一点張り、理由を聞いても仕事だからと同じ返事しか返ってこない。

 

如月が睡眠時間を削ってでも頑張る理由――それは自分にあるとシュガーは察していたが深く問いただすのが怖かった。

 

両親の件以来、ブラックとは会話を交わしていないし、目も合わせていない。

 

如月と話しているのも勇気を振り絞っての行動だった。それと同時にブラックから逃げるための理由作りで、任務時以外は開発課のオフィスに入り浸るようになっていた。

 

多くの問題から目を背け、逃げている自分。嫌気がさしながらも向き合う意志が湧いてこなかった。

 

「……無理だけはするなよ。お前が倒れたら、私だって悲しいんだ」

 

如月の真剣な横顔にはそれ以上のことは言えなかった。

 

ココアの飲み干し、席を立って自室へ戻ろうとすると、入口で開発課課長の等々力と鉢合わせた。

 

いつもにこやかな表情は殺伐とした同課の雰囲気を和ませ、達磨のように丸々とした腹は、餅のように柔らかい、マシュマロの手触り、一日中顔を埋めていたい、様々な称賛を浴びる癒しアイテムになっている。

 

「やぁ、シュガー。相変わらず糖分を摂っているのかい?」

 

甘党繋がりで仲の良いシュガーは等々力の自慢の腹を小突き、無理矢理つくった笑顔をむける。

 

「お互い様だろ。また大きくなったんじゃないか、この腹!! この、この!!」

 

シュガーの手荒なスキンシップにも等々力は笑顔で、自慢の腹を優しく撫で回す。

 

「……如月君のところにいたのかい?」

 

不意の問いにシュガーは無言で頷く。

 

「最近、彼は頑張りすぎなんだ。休憩も必要最低限しか取らないし、その内、栄養失調で倒れてしまうよ」

 

栄養失調とは無縁の男が如月のブースを見つめ、心配そうに呟く。

 

日頃徹夜は当たり前の同課の仲間にすら心配されるほど、シュガーの知らないところで如月は無理をしている。

 

無理矢理にでも止めるべきなのかと思ったが、如月の真剣な横顔を思い出し、その思いが急激に萎んでいく。

 

理由は如月にしかわからない。だがそれは一人の技術者として成さなければならない挑戦であり、それを止める権利はシュガーにはなかった。

 

「等々力課長」

 

「なんだい?」

 

沈んだシュガーの声に等々力は優しく応える。それだけで心の痛みが少しだけ治まった気がした。

 

「如月をお願いします」

 

「うん、彼は僕らの大切な仲間だ。これ以上の無理はさせないよ」

 

シュガーは無言で頭を下げ、駆け足にオフィスを後にした。

 

等々力はシュガーの背中を見送った後、如月のブースに立ち寄り、一心不乱にモニターに向かう如月の後ろ姿を悲痛な表情で見つめた。

 

「如月君」

 

「はい、何でしょう、課長」

 

振り向きもせず、如月は応えた。

 

「どうして君はそこまで頑張るんだい? せめて理由を聞かせてくれ。でなければこれ以上作業を続けさせない。無理矢理にでも部屋に連れていくよ」

 

外見からは想像出来ない厳しさを孕んだ声に如月はようやく手を止め、振り返った。

 

「僕、何も出来なかった」

 

震えた声で誰にも言わなかった、今の心境を語った。

 

「シュガーが両親のことで苦しんでいる時、彼女に何もしてあげられなかった。僕は沢山助けられたのに、沢山の勇気を貰ったのに、何も言えなかった。痛みを和らげて上げることが出来なかった。ブラックさんに嫌な役を全部押しつけた。シュガーが言ってはいけないことを口にした時、僕は嫌われるのが怖くて何も言えなかった。二人を酷く傷つけた。だから、これはせめてもの罪滅ぼしです。反テロ世界会議の場では必ずテロが起きます。今までにない厳しい戦いになることはわかっています。だから、だから新しい義肢を完成させて、シュガー達の痛みを少しでも和らげてあげたいんです」

 

嗚咽を漏らしつつ、全てを語り、涙を浮かべた真っ直ぐな瞳で等々力を見つめた。

 

「だからお願いです。やらせて下さい」

 

揺るがない意志の籠もった一言。駄目だと言えるはずがなかった。

 

等々力はため息を漏らしつつ、心の何処かで若く優秀な如月に期待している自分に気づき、呆れた。

 

「少し、待ってなさい」

 

そう言い残し、ブースを離れた等々力は十分ほどして大きな紙袋を持って戻ってきた。

 

それをデスクの上に置き、中身を作業が出来ないほど広げ、如月に笑いかける。

 

「条件が二つ。一つ目は睡眠を一日六時間は必ず取ること。二つ目は食事をしっかり食べる!! まずはこれを食べなさい。食堂の方々に頼んで作って貰った栄養たっぷりの食事だ」

 

野菜、肉、炭水化物――人体に必要な栄養がバランス良く摂れるように調理された料理の数々。普段少食な如月だが、数日間固形のバランス栄養食しか食べていなかった彼の胃は、食欲を刺激する香りに過敏に反応し、食事を求めた。

 

「僕も一緒に食べるから、さぁ」

 

シュガーが座っていた椅子に巨体を委ね、野菜がたっぷり煮込まれたスープを手に取り、頬張った。

 

等々力のあまりの勢いにより食欲を刺激され、如月もサンドイッチを手に取り、頬張った。

 

口一杯に広がる優しい味に思わず頬が緩む。気づけば、等々力に負けない勢いで次から次へと食べ物を頬張った。

 

デスク一杯に広がっていた食べ物は三十分足らずで満足気な等々力と少し苦しそうな如月の胃に納まった。

 

「美味しかったかい?」

 

「はい、少し食べすぎましたが」

 

苦笑を浮かべる如月に等々力は笑顔で頷く。

 

「食事は大切だ。人生の喜びのひとつであるし、頭の栄養にもなる。無理な食事制限は身体を壊し、頭を悪くする。そんな状態じゃ、いいアイディアは生まれない。いいものを作りたいなら食事も同じくらい大切にすべきだ」

 

熱弁する等々力の表情はとても活き活きして真剣だった。

 

ふと、気づく。等々力にあって自分に欠けていることに。

 

自分に真剣さはあったと如月は思う。だがそれは一種の自己束縛で、真剣であろうとしていただけだった。

 

幼少期、父と共にものづくりに励み、一杯に感じていた楽しさをいつの間にか捨て去っていた。

 

自分の不注意で足を切断し、それを苦に自殺した父親への償いの想いで、喜ぶことを放棄していた。

 

誰かのために何かを成すことばかり考え、それが正しいと盲信し、自分自身のためにものを作ることを忘れていた。

 

「課長。僕、ずっと大切なことを忘れていました」

 

揺るがないだけの強さだった意志に、自分のために力を使う意志が加わった。

 

当たり前のようで、それはかけがえのないもので、活き活きとした強さを得た如月に等々力は本当に嬉しそうな笑みをむけた。

 

「課長、ありがとうございます」

 

心の底から感謝の念が湧いてきた。同時に湧き上がる今までのそれを遥かに上回る強い意志。

 

「僕、頑張ります」

 

「うん、その意気だ。でも無理は駄目だ。適度な休息は必ず取るように」

 

「はい!!」

 

力強く頷き、デスクの上のゴミをそそくさと片付けると再びモニターにむかい、キーボードを叩き始めた。

 

真剣さと喜びを湛えた横顔を見て、等々力は安心したように頷き、無言でブースを出て、自分のブースへとむかう。若いエネルギーに当てられ、久しく強い熱意が体中から湧いていた。

 

「負けてられないな」

 

意気込む等々力の指は有り得ない速度で動き、試験で得た複数の数値が瞬く間に最適化され、比較され、順位がつけられていく。

 

その速度に負けないくらい、如月の作業速度も格段に速くなっていた。不眠不休で作業していた時よりよっぽど内容の濃い作業だった。

 

この先、如月が隈をこしらえる事は減るだろう。無理をして心配されることもなくなるだろう。

 

だが悲劇は起きてしまった。

 

その夜、今までの無理が祟って、如月はブース内で倒れた。

 

 

意識を取り戻した如月が最初に見たのは病室の白い天井だった。顔を横にむけるとシュガーの怒った顔と等々力の心配そうな顔が目に入った。

 

「シュガー、等々力課長」

 

寝起きではっきりしない声で二人の名を呼び、途端、申し訳なさで心が一杯になった。

 

「心配をかけて、ごめんなさい」

 

「この大馬鹿野郎!!」

 

シュガーが怒りと悲しみの混じった声で叫んだ。

 

「あれほど無茶するなって言ったのに、皆がどれだけ心配したかわかっているのか!!」

 

「ご、ごめん」

 

委縮する如月に対し、シュガーはまだご立腹だが、そっと彼の細い手をとると表情が和らいだ。

 

「私だって、凄く心配したんだぞ」

 

震えた声でシュガーが漏らし、ギュッと如月の手を握った。

 

如月は口をつぐみ、シュガーの手を握り返した。

 

如月は当たり前のことを思い出す。目の前にいる少女は自分より年下でまだ大人になっていない。

 

一個小隊に匹敵する戦闘力を有し、絶望にも耐えてきたがその裏でどれだけの恐怖を押し殺しているのか。

 

震える小さな手がそれを実感させ、両親の死で垣間見せた弱さを如月ははっきりと感じとった。

 

支えてやるのが自分の役目だと如月は強く感じた。手を握ったまま身体を起こすと真っ直ぐにシュガーを見つめる。

 

愛おしくてどうしようもない少女。勇気を、自信を与えてくれる笑顔。シュガーには数え切れないほど救われた。だから今度は自分が。

 

「シュガー、心配かけて本当に、ごめん。でももう心配をかけるようなことはしないから」

 

「信じられるかよ」

 

真剣な表情に浮かんだ痛々しい隈やこけた頬を何度も見てきただけに如月の言葉を手放しに信用出来なかった。

 

「そうだよね、今までの行いからもそれが当たり前の反応だと思う。でもお願い、信じてくれ。課長のお陰で、僕は忘れていたことを思い出せた。前みたいな無理は絶対にしない、約束する」

 

シュガーは如月から隣に座る等々力に顔をむける。

 

等々力は黙って、ただ頷いた。迷いのない力強い動作。

 

「……約束破ったら、口きかないからな」

 

「分かった。シュガーと話せなくなるのは倒れるより辛いからね」

 

そう言って如月は笑い、シュガーもつられて微笑んだ。

 

丸一日、如月は病室のベッドで療養した。ミルクや楓子も見舞いに訪れ、ブラックもシュガーがいない時を狙って、病室を訪れた。

 

「どうして、無茶ばかりするのかしら」

 

ため息を漏らしつつ、如月が無事で安堵した表情を浮かべたブラックに、如月は苦笑いを浮かべる。

 

「貴方といい、シュガーといい、無茶ばかり」

 

「ブラックさんは優しいね」

 

「貴方には負けるわ」

 

ニコニコと笑顔を浮かべる如月を見て、悩んでいるのが馬鹿らしく思えて、ブラックはもう一度ため息を漏らし、立ち上がる。

 

「もうすぐシュガーが戻ってくるわ。今だけ存分に甘えなさい」

 

「……そうする」

 

ブラックは病室を出て、エレベータに乗り、サテライトアイで病室を視た。現れたシュガーに如月は笑顔むけ、二人は楽しそうに笑い合う。

 

耐え切れず、目を逸らした。いつまでもあの時のことを引きずっている自分が情けなく思えた。

 

シュガーはいつだって前を見ている。ブラックの目では視えない遥か先を。それが溜まらなく悔しくて、嫉妬する自分が馬鹿らしくて、色んな感情がぐちゃぐちゃになってわけがわからなくなっていた。

 

ブラックを乗せたエレベータは屋上まで昇っていき、狭い箱から飛び出たブラックは屋上を走り、手すりから身を乗り出した。

 

「どうして、泣いているの?」

 

涙が頬を伝った。その理由はわからなかった。悔しくて泣いているのか、辛くて泣いているのか、悲しくて泣いているのか。ただ、泣いて気分を落ち着かせたいだけなのか。

 

手すりに背を預けて座り、ブラックは独り泣いた。

 

こんな姿、誰かに見られてら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。こんな時でもプライドを捨てられない自分が嫌になった。

 

「ブラックだったか」

 

突然、声がした。顔を上げると目の前に紅咲が立っていた。

 

見られた――涙で充血した顔を隠し、立ち上がってその場から逃げようとするが、紅咲が肩を掴んだ。

 

「流石に無言で逃げられちゃ、傷つくな」

 

困った顔で笑い、落ち着かせるように、ブラックの背を優しく擦った。

 

その優しさが痛いくらいに嬉しくて、ブラックはまた涙を流し、紅咲に抱きついて泣いた。

 

「謝らなくちゃいけないのに」

 

ひとしきり泣き腫らし、塔屋に背を預けて座ったブラックがポツリと告げた。

 

「私、シュガーを傷つけた。だから謝らないといけないのに、勇気が出なくて」

 

誰かに弱い自分をさらけ出すのは久しぶりだった。紅咲には負けたくない思いを抱いていたはずなのに、きづけば、プライドも何もかも捨て、色んなことを吐き出していた。

 

紅咲は黙って話を聞き、全てを吐き出し、口を閉ざしたブラックの頭を優しく撫でた。

 

「よく頑張ったな」

 

何を褒めてくれたのか、ブラックにはわからなかった。ただ、愚痴を聞いてくれた紅咲に対し、感謝の気持ちを抱き、同時に自分がなにをすべきかだけはわかった。

 

すっと立ち上がり、紅咲を見つめる。

 

「これは貸しです。いつか必ず、返します」

 

「期待せずに待っているよ。ほら行って来い」

 

力強く背中を押され、シュガーがまだ如月の病室にいることを確認し、エレベータに乗り込む。

 

病室の前に到着したブラックは逃げ出そうとする弱い自分を跳ね退け、ドアを開いた。

 

まず如月と目があった。続いて振り返ったシュガーと目が合い、彼女の顔がわずかに強張る。

 

なおも逃げ出そうとする自分を奮い立たせ、一歩前に出た。それだけで全身が震えた。

 

更に、一歩前に出て、シュガーの前に立つ。

 

「何の用だ?」

 

感情の籠もらない声で冷たく吐き捨てるシュガー。

 

逃げなかった。シュガーの目をしっかりと見て、頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

返事は返ってこない。沈黙が頭を上げることを許さず、その姿勢のまま、十数秒が経った。

 

と、シュガーのため息が聞こえたかと思うと、頭に違和感を覚えた。姿勢はそのまま、頭に手をやるとごつごつした何かが乗っていた。それを掴み、顔を上げると、容器に入ったコーヒーゼリーが手の中にあった。

 

しかもそれはかつてシュガーが盗み食いしたものと同じゼリーだった。

 

信じられずシュガーを見ると、今度はガムシロップを差し出した

 

「苦いもんばかり食ったり飲んだりしていると舌も頭も馬鹿になるぜ。甘いもん食って少しは頭の回転を良くしな」

 

そう言って、シュガーはいつものニヤリとした笑顔をむけた。

 

「……貴方は甘い物食べ過ぎて脳が溶けているのよ」

 

「言ってくれるぜ」

 

大袈裟に笑うシュガーにブラックも笑みをこぼし、ガムシロップかけてコーヒーゼリーを一口食べた。

 

ガムシロップの甘みとゼリーの苦味とコクが口一杯に広がり、とても美味しかった。

 

甘い物が好きではないブラックは時には悪くないと、素直に思えた。

 

 

反テロ世界会議が三日後に迫った夕刻、実働部隊は会議室に集まり、明日からの成田国際空港警備の作戦会議が行われていた、

 

明日より二日間、世界会議が開催される日本に参加者が続々と来日し始める。

 

明日は有識者、宗教家など関係者が来日し、明後日に各国首脳と機構幹部は専用機で来日する。

 

日にちを分けるのは航空機や航空テロが起きた時、被害を最小限に抑えるためだ。

 

既に両日にテロ予告が出され、世界会議当日も予告が出されている。

 

警備の規模はSMBが経験してきた中で最大規模となるだろう。

 

各国からも対テロ部隊が派遣され、更に反テロ機構の連合軍も派遣される。既に数十の国から部隊が訪れ、準備を進めている。

 

SMBは早朝四時より十二時間、ターミナルビルの警備に当たる。

 

愚痴を漏らさないように必死に耐えているシュガーだが表情には不機嫌さが現れている。

 

「αチームはターミナルビル内を巡回し、常に目を光らせることになる。日に一万人以上の利用者が訪れる空港だ。集中して任務に当たれ」

 

やなこった――シュガーの心の声は誰にも届かなかった。

 

会議は早々に終わり、出動までに時間は自由行動となった。

 

シュガーは会議を終えた足で技術開発課オフィスにむかい、如月のブースを訪れた。

 

「順調か?」

 

如月の隣に座り、モニターを覗き込むシュガーに如月は申し訳なさそうに顔を歪めた。

 

「ごめん、シュガー。新しい義肢だけど、どうしても反テロ世界会議に間に合いそうにないんだ」

 

装甲技術の転用の二つの課題は解決し、生産ラインも整っているが、反テロ世界会議の影響で武器や兵器など一部輸入品が制限され、機械義肢の素材となる合金と人工筋肉もそれに含まれ、届くのは世界会議が終わった後になる。

 

「世界会議で使う武器を輸入制限するって、本末転倒じゃねぇか」

 

輸入制限により、警察や自衛隊が任務に使用する武器の一割が届かず、その分、警備に穴が空く。

 

「本当にごめん」

 

「謝るなって。お前が悪いわけじゃない。それに新しい義足が完成したら付き合いの長いこいつとのお別れになるんだろ。最後くらい花を持たせてやろうぜ」

 

シュガーはニッと笑うと機械の足を愛おしそうに触った。

 

「シュガーはやっぱ凄いね」

 

如月は機械義足の右脚を触り、人口的に造られた肌を服の上から撫でた。

 

「やっぱ僕には無理だ」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「ありがとうって言ったんだ」

 

シュガーは不思議そう首を傾げ、それが可笑しくて如月は笑った。

 

ありがとうシュガー、僕の作った機械の足を愛してくれて――その言葉はまだ飲み込んだ。本当に伝えるべき時まで心の中にしまっておくことにした。

 

夜を迎え、シュガーは十分な食事と摂り、シャワーを浴びた。

 

シャワーの際、計らずしてほぼ毎日ブラックと同じ時間にシャワールームを訪れる。そしてその都度、ブラックは大層不機嫌になる。

 

その理由はシュガーには皆目見当つかないが、ブラックは豊満に発達したシュガーの乳房を睨みつけては発育途上であると信じたい自分のまな板のような胸に手を当てた。

 

シャワーを終え、自室のベッドで何をするでもなくボケっとしていたシュガーは明日の任務の事を考える。

 

退屈な警備の任務であるが、テロリストは必ず来る。そう思うだけで足が疼き、口元が緩む。戦っている時が何より生の充足を得られた。狭く、血と人が腐敗した臭いが漂う空間で死を垣間見たシュガーは生の実感を強く求め、戦いにそれを見出した。

 

高揚する心とは裏腹に意識は徐々に遠のいていき眠りについた。

 

その日、シュガーは昔の夢をみた。

 

狭いあの場所から助け出してくれた誰か。今も脳裏に焼きつく横顔とくわえた煙草。

 

その体験がシュガーにとって煙草は強い者の証であると心に焼きつけ、火をつけない煙草をくわえる理由になり、強者でありたいと願う想いともう少しだけ子供でいたいと思う我儘な一面を体現し、凶悪さを同時に表している。

 

夢は一瞬途切れ、別の情景へと移り変わる。

 

『行かないで』

 

自分を救急隊に預け、遠ざかる誰かの袖を掴み、必死に叫ぶ幼いシュガー。

 

『そばにいて』

 

誰かは優しく微笑み、シュガーの頭を優しく撫でる。

 

『大丈夫、ずっとそばにいるさ』

 

優しく、力強い声が木霊し、幸福感がシュガーを包み込む。

 

夢はそこで終わり、不思議なくらいはっきりと目が覚めた。

 

夢の余韻が心に溢れ、誰かの袖を掴んだ右手を見つめる。

 

あの日以来、自分を助けてくれた誰かには逢えていない。資料を漁っても、どれだけ探しても背中すら見えてこない。

 

「貴方は今でも、勇敢に戦っているの?」

 

シュガーの独白は誰にも届かず、空間に溶けて消えた。

 

出動の時刻を迎え、実働部隊を乗せた車輌は夜が明け切らない東京の街へと繰り出した。

 

「なんで副長まで?」

 

首を傾げ、自分の前に座る漣へと疑問をぶつける。

 

「昨日の会議の時に俺も同行すると話したはずだが?」

 

「ごめん、多分聞いてなかった」

 

あっけらかんと返すシュガーに、漣の眉間に青筋が立ち、ため息が漏れた。

 

今回、現場指揮は漣が担当し、ミルクはαチームに混ざって警備に当たることになっている。

 

諜報課の職員として前線に赴くことのある漣の指揮能力は優秀でミルクと肩を並べ、楓子にも認められた実力だ。

 

実働部隊、数人の情報解析課職員と漣を乗せた車輌は一時間ほどで成田国際空港に到着し、αチームはすぐに持ち場へと走る。

 

βチームはいつでもパワードスーツを起動できるよう、搭乗して待機。漣は警備に当たる他の部隊と連絡を取り合い、連携の強化に努める。

 

シュガーとミルクはターミナルビル内部に入り、娯楽施設へと向かう。飛行機利用客のための小さなテーマパークは近年、規模を拡大し、飛行機を利用しない者も訪れ、大層な賑わいをみせているが、シュガーにとってはいい迷惑だった。

 

人も増え、巡回するルートも長くなる。考えただけで嫌な気分になる。明朝のお陰で人の数は少ないが、あと数時間もすれば人で大渋滞を引き起こす。

 

一方、αチームを離れたブラックは管制塔ある棟の屋根に上り、監視の目を光らせた。

 

ターミナルビル、コンコース、格納庫――空港内を一通り視たが爆発物や怪しい人物はいなかった。

 

それを漣に報告、ブラックは立ち膝姿勢のまま指示が来るまで待機。

 

数時間が経過した。夜も明け、空港は徐々に人で溢れ返り、混雑をみせる。

 

火のついていない煙草をくわえたシュガーは、人の波に逆らい、巡回ルートを延々と歩いていた。

 

「帰りてぇ」

 

ぼやきは雑踏に飲まれ、誰の耳にも届かない。ミルクは目を光らせろと言ったがこれだけ人が多くては全てを視認することはブラックじゃない限り不可能だ。

 

『ブラック』

 

気だるそうにブラックへ無線通信。

 

『何かしら?』

 

『帰りたい』

 

『本当、戦闘以外ではやる気ゼロなのね』

 

ため息ついでにシュガーがいる付近を視ると、嫌になるのもわかる人の多さだった。

 

『そっちは空調効いているだけマシでしょ。こっちは上からは太陽光、下からは屋根の照り返しの挟撃食らっているのよ』

 

『人が多すぎて空調もクソもねぇよ。ただ、そっちよりは確かにマシかもな』

 

それでもこの人の多さは頭が痛くなると漏らし、シュガーの不機嫌は増す一方だった。

 

正午になり、世界会議に出席する関係者が成田空港に到着し始め、警備に当たる面々に程良い緊張感が生まれた。

 

「お〜お、大層な連中連れやがって」

 

シュガーの目の前を五人のSPを連れた宗教家が通っていき、人の目を集めていた。

 

テロにおける宗教の存在は重要で、中東でのテロは大半が宗教に関係したそれだ。

 

今回の世界会議では宗教に関するテロ法案も見直され、中東に留まらず、欧米諸国からも注目を集めている。

 

「宗教に頼らないといけない国は大変だな」

 

皮肉を漏らし、シュガーは巡回を再開。人は更に増えるが、シュガーの人相の悪さが醸し出す苛立ちを察してか、人の波はシュガーを避けていく。集まる視線も気にせず、煙草を舌で転がして遊びながら既に何十回と通った階段を降りた。

 

中央ホール、空港内で一番広いだけあって人口密度は低い。そして何より、人の行動が目に止まりやすい。

 

「怪しい奴発見」

 

シュガーの視線の先でしきりに辺りを見回し、おどおどする男がいた。

 

『副長、中央ホールにて怪しい人物を発見。尾行しますか?』

 

『尾行の意味、わかっているよな?』

 

『ばれないように後をつけるでしょ? 私を誰だと思っているんですか』

 

快活な声で返し、距離を保ってシュガーは尾行を開始する。

 

『ブラック、念のためにお前も目で追え。十秒ごとに位置情報を司令部の端末へ送信しろ』

 

『了解』

 

背後からはシュガーが追い、ブラックの目に追われた挙動不審の男は、中央ホールから娯楽施設へ入り、人込みの中を縫うように歩いていく。

 

男は奥へ奥へと進み、やがて人目を盗んで関係者以外立入禁止の扉をくぐった。

 

『取り押させます?』

 

『あぁ、急げ』

 

ニヤリと笑うとシュガーは駆け出した。人の波をすいすいと進み、男を追って扉の先へ。そこは関係者用の連絡通路。

 

『ブラック、野郎は?』

 

『通路を道なりに進んでいるわ』

 

シュガーは義足の出力を最大にし、全力疾走。百メートルあった距離を一瞬で詰め、男の頭上を跳び込め、前に躍り出た。

 

突然現れたシュガーに驚いて腰を抜かした男は怯えた表情で必死に後退しようとする。

 

「おっと動くな。変な動きをしなければ命は奪わない。ちょっと一緒に来てもらうぜ」

 

シュガーが言い終わった瞬間、男が上着のボタンを引き千切り、身体に巻いたものを見せつけた。大量のダイナマイト。

 

「タッ、タスケテクレ」

 

片言の日本語で助けを求めた瞬間、機械的な信号音が響き、ダイナマイトが弾けた。

 

シュガーは咄嗟に風の防壁を前方に集中展開し、爆発から身を守る。

 

連絡通路は大破し、空港内が一気に混乱に飲み込まれた。

 

『シュガー!!』

 

『無事だよ。クソ、自爆するとは。いや、自爆させられた、か』

 

瓦礫から這い出たシュガーは悪態を漏らし、風を纏い、戦闘態勢に入った。

 

『報告!! 東より所属不明の車輌群が突進してきます』

 

『報告!! 西より人型パワードスーツの集団が接近!!』

 

『報告!! 空港内で発砲あり!! 潜んでいたテロリストです!!』

 

脳内で鳴り響く敵の接近を知らせる無線の濁流。ニヤリと笑みが浮かぶ。足がうずうずと高鳴る。

 

「さぁ、うずうずさせてくれよ!!」

 

吠えた。

 

『シュガー、空港内のテロリストを殲滅しろ。世界会議の関係者がまだ数人残っている。いいか、絶対に死なすな!!』

 

『了解!!』

 

半壊した連絡路を戻り、扉を開けるとパニックに陥った客が縦横無尽に逃げ回っていた。その中で微かに聞こえる銃声。

 

シュガーは跳躍し、壁面の突起を伝って素早く移動し、小銃を乱射する白人の男を背後から蹴り飛ばす。

 

既に十数人の死体が転がり、血と硝煙の臭いが籠もっていた。

 

『こんだけ多くちゃ関係者が何処にいるかわからないぜ』

 

テロリストとは百メートル走る度に遭遇し、その都度薙ぎ倒していくが、関係者と思われる人物との接触はなし。

 

『ブラック、お前の目で見つけられないか?』

 

『転送された画像データを元に探しているけど、まだ見つからないわ。今はテロリストを倒すことを優先して。見つけたら全員に位置情報を知らせるわ』

 

『頼んだぜ』

 

シュガーは再び走りながら刻一刻と変わっていく戦況に表情を強張らせた。

 

東に展開していた部隊の一角が破られ、敵車輌群の一部が空港内に侵入、携行ミサイルをぶっ放し、壁に大穴を空けてなだれ込む。

 

西エリアではパワードスーツ同士が大激突。離陸準備中だった飛行機を巻き込んだ大乱闘へ。

 

空港内にいた乗客は一斉に出口に押し寄せたため渋滞が起こり、転倒による死者も出ている。

 

警察と警備員が必死に誘導するも、混乱した大衆の耳には到底届かず混乱は収まる気配をみせない。

 

最初の爆発が起こった時点で空港内には二千人の乗客がいた。十五分が経過し、まだ半数が敷地内から出られず逃げ回っている。

 

『関係者の一人発見。ジャーナリストのケビン・トンプソン氏!!』

 

αチーム全員に位置情報が送信された。近い隊員二人が現場に向かい、間もなく確保。管制塔のある棟に設営された警備部隊司令部へと護送する。

 

ブラックのサテライトアイは次々に関係者を発見し、SMBに留まらず、全部隊へ情報を発信、一人ずつ確実に確保し、司令部へ護送する。

 

『シュガー、お前はテロリストを倒すことに専念しろ。容赦はするな、徹底的に叩き潰せ!!』

 

漣の指示にシュガーは凶悪な笑みを浮かべ、走る。

 

既に空港内全域に散らばったテロリストは取り残された乗客の殺戮と破壊活動を行っている。爆音、銃声、悲鳴が響き、無益な血が流れる。

 

「クソ野郎共!! 私が相手だ!!」

 

シュガーは大声で叫び、存在を大胆にアピール。現れたテロリストは片っ端から叩き潰していく。複数現れようが、シュガーの敵ではなかった。

 

テロリストの銃弾の雨は風の防壁に阻まれてシュガーに傷をつけることは叶わず、疾風の如く突進するシュガーに反撃出来ぬまま倒されていく。

 

「どうした、まだまだやれるだろ!?」

 

叫ぶシュガーを十数人のテロリストが四方から囲んだ。しかし、表情から笑みは消えず、むしろ強くなる。

 

一斉に絞られる引金。数十に及ぶ銃弾がシュガーに襲いかかるが、全て風の防壁に阻まれ、軌道を変え、数発はテロリストに直撃。情けない悲鳴を上げて倒れるテロリストに凶悪面のシュガーが飛びかかる。

 

振り下ろされる足が骨を砕き、内臓を潰す。断末魔すら上げることなく絶命した敵には目もくれず、シュガーは義足の出力を最大にし、目にも止まらぬ速さで次の獲物へと襲いかかり、顎を蹴り砕き、胴を薙ぎ払う。

 

もはや風の防壁を展開する必要もなかった。

 

フォースの覚醒により身体能力が向上したシュガーの双眸はブラックに劣るものの銃弾を捉え、高出力の義足が回避を可能にし、軽々と避けていく。

 

三人目、四人目、五人目。

 

死と恐怖を撒き散らす疾風は、数で圧倒するテロリストを力で蹂躙し、ものの数分で十数人いたテロリストは全滅した。

 

「つまんねぇな。もっと私をうずうずさせろよ!!」

 

物足りないといわんばかりの咆哮。次なる獲物を求めて、シュガーは走る。銃撃も爆発もものともせず、次々にテロリストを打ち倒し、歓喜の笑みを強めた。

 

シュガーの活躍の裏でブラックとミルクも確実にテロリストを葬っていった。

 

屋根の上から屋内へ移動したブラックは関係者を探しつつ、テロリストも排除していく。

 

移動しながらでも変わらない正確無比の狙撃の前に呆気なく地に沈んでいくテロリストは確実に数を増やし、ブラックの進んだ道の後には頭のない死体だけが転がっていく。

 

壁に隠れ、奇襲を試みたテロリストが、最高のタイミングで飛び出した瞬間、頭を吹き飛ばされた。

 

物陰に隠れ、左右から襲撃しようとした数人のテロリストが隠れていた遮蔽物ごと撃ち抜かれ、絶命した。

 

ブラックは視認領域を半径一〇〇〇メートルまで展開。空港内ほぼ全域を視認出来る範囲で、敵の位置情報は全て筒抜け。奇襲するつもりが背後を取られ、テロリストは確実に数を減らしていく。

 

シュガー、ブラックの二人より圧倒的な攻撃力を誇るミルクは一切小細工をせず、テロリストを正面から薙ぎ払う。

 

炎に銃撃を無数に浴びせても、暖簾を押すように意味を成さない。防ぐ術すらなく灼熱の炎に飲み込まれ、骨の髄まで灰と化す。

 

圧倒的な強さを誇るSMBの殲滅特化兵を前にその姿を初めて見る派兵された各国の部隊隊員は呆気に取られ、同時に恐怖と嫌悪も感じていた。

 

フォース覚醒者は警察や自衛隊、軍の中では周知の存在で、強い憧れを抱く者もいたが、嫌悪を抱く者の方が圧倒的に多かった。

 

中世の欧州で魔女が虐げられたように、いつの時代も異質な存在は受け入れられない。

 

SMBは一枚岩だが警察や自衛隊には殲滅特化兵が所属するためにSMBを良く思わない連中が多かった。

 

だがシュガー達はそれを既に乗り越えている。化け物と唾吐かれようが気にも止めず、真っ直ぐに進み続けた。

 

戦闘開始から一時間が経過。生きていた乗客の九割は敷地外へ避難が完了し、残りを自衛隊の救助部隊が安全を確保。戦闘は殲滅戦へと切り替わっていた。

 

テロリスト側は所詮、テロ支援組織キュクロプスの電霆に焼き付け刃程度に訓練されたに過ぎず、一人当たりの戦闘力は高くない。

 

しかし、自由自在の兵力と物資に物をいわせ、物量で警備部隊の一部を圧倒し始めた。今回投入された兵力は六百を越え、警備部隊の五倍以上の数だ。

 

百五十人近くのテロリストを倒したがまだ敵の兵力は圧倒的だ。

 

空港は北側以外を完全に包囲され、西からはパワードスーツが迫り、東と南からは歩兵が大挙として押し寄せ、部隊は徐々に後退し、遂に施設前まで追いやられた。

 

世界会議関係者は全員が敷地外へ避難し、まだ到着していない便は他の空港へ回され、そちらにも警備が割かれ、増援は望めない既存の兵力で現状を打破するしかない状況。

 

「一体何処に潜んでいたのかしら、この数。日本の危機管理は大丈夫なの?」

 

空港と会議が行われる施設と双方を結ぶ道路に警備を集中したため、それ以外の警備が薄くなり、そこを突かれ、多くのテロリストが集まってしまった。

 

「本当、こういう狡猾さを日本政府の頭でっかち共は学ぶべきだわ」

 

毒を吐き、ため息を漏らすブラックは隣に立つシュガーへと視線を向ける。

 

劣勢だというのに笑みを消さないシュガーの存在が心強かった。

 

「先に行くぜ」

 

ブラックの肩を軽く叩き、シュガーは駆け出した。

 

通路を走り、目の前に迫ったパワードスーツの群れに襲いかかる。

 

風を纏った一撃が装甲を貫き、操縦者の胸を潰し、一体目が即座に沈黙。

 

襲来に一瞬遅れてきづいたパワードスーツ達がシュガーを取り囲み、一斉に銃口を向ける。引金を絞らなかったのは警戒しているからか、それが致命的な判断ミスだと遅れて理解する。

 

視界からシュガーが消え、もう一体、パワードスーツが吹き飛んだ。

 

シュガーのフォースは攻撃と防御に優れているが、両方を同時に行うことは出来ない。

 

風の防壁を展開している時はそれ以外に風を使えず、攻撃性の風を生み出したり、足に風を纏っていたりする最中は防壁を展開出来ない。

 

今のシュガーは足に風を纏い、攻撃特化の状態。この状態ならシュガーに対し、攻撃は一応当たるが、機動力も向上しているために、ただ掃射するだけでは捉えることは出来ない。

 

それでも警戒せず、引金を絞っておくべきだった。一度走り始めたシュガーは風と同じで誰にも捉えることは出来ない。

 

流れるような動作でパワードスーツを一体ずつ沈めていき、あっと言う間に残り一体となり、抵抗空しく沈黙した。

 

倒したパワードスーツには目もくれず、シュガーは再び獲物を探し、施設内を奔走する。

 

時間が経つに連れ、形勢は何度目かの逆転をみせ、数で押していたテロリスト側は、警備部隊の実力に押され始め、数を確実に減らしていく。

 

だが撤退する気配はない。彼らに与えられた任務は死ぬこと。最後の一人が死ぬまで施設の破壊と殺戮。逃げることはもともと選択肢になく、操り人形のように任務に忠実だった。

 

テロリスト側は歩兵の三割が倒れ、パワードスーツも三割が沈黙し、警備部隊の被害は死者が数人出ているがどの部隊も確実に戦果を上げている。

 

その中でSMBの活躍は一際目立ち、シュガー達殲滅特化兵は群を抜いていた。

 

圧倒的な戦力。一個小隊に匹敵するといわれるその実力は仮にテロリスト側にいた場合、警備部隊は既に全滅していたかもしれない。

 

精鋭である他の部隊の隊員をそう思わせるほどの畏怖をばら撒き、なおも戦場と化した空港を駆ける三人――その中でもっともやる気に満ちたシュガーはターミナルビル三階で六体のパワードスーツと対峙していた。

 

現在、擬似脳の出力は八十%。如何に強いシュガーとはいえ、疲労が伺え、六体のパワードスーツと戦うには厳しい状態だった。

 

だがコンバットハイ状態にあるシュガーは気にも留めなかった。勝てる自信があった。

 

その慢心が悲劇を生んだ。

 

掃射を圧倒的機動力でかわし、十数メートルの距離を一瞬で詰め、破壊力抜群の蹴りで一体目を破壊。

 

近距離の掃射を後方に跳んで避けるも一発腕を掠め、衝撃と激痛がシュガーを襲う。

 

ただちに擬似脳が脳内物質を分泌し、痛みを和らげ、意識を繋ぎ止める。

 

「やりやがったな!!」

 

強風がシュガーの周りに発生し、それが指先に圧縮され、キャンディーサイズの風の塊を生成。

 

「ヘル・シュトゥルム」

 

風の塊は放たれ、一体のパワードスーツの装甲を突き破り、解放される。

 

地獄の嵐を意味するその技は周りにいたパワードスーツも巻き込んで厚い装甲もズタズタに切り裂き、肉片と鉄片の雨を降らした。

 

「みたか」

 

ニヤリと笑うシュガーの脳裏で鳴り響く警告音――擬似脳の出力が七十三%まで低下。

擬似脳は出力が七十%を下回ると本来の半分しか力を発揮出来ず、今はそのギリギリのライン。だが残りの敵の数を考えれば十分に戦える数値。

 

シュガーは次の獲物を求め、走り出そうとした。その時、背後でかすかに音がした。

 

機械的で人の命をいとも容易く奪う無機質な音。

 

シュガーが咄嗟に振り向くと、まだ形を保っているパワードスーツが動き、肩部に搭載されたミサイルが発射される瞬間だった。

 

迫るミサイルに対し、シュガーは全力で防壁を展開。同時に鳴り響く、出力が七十%を下回る警告音。

 

ミサイルは足元に着弾し、大きな爆発を起こした。展開した防壁は威力を完全に防ぐことが出来ず、シュガーは後方に吹き飛んで背中から壁に激突。

 

電気のように全身を駆け巡る激痛。即座に擬似脳が脳内物質を分泌し、意識を繋ぎ止める。

 

「くっそ、イタチの最後っ屁か……」

 

立ち上がったシュガーは最後の言葉を飲み込んだ。視界を闇が包んでいた。

 

これはどういうことなのか。今はまだ昼まであり、夜はまだ訪れるはずがない。

 

シュガーは前に手を伸ばす。壁に手が触れた。

 

おかしいと、すぐに悟った。自分はその方向から吹き飛んできたのではないか。

 

試しに右に手を伸ばすとまたすぐに手が触れた。左も同様で背後も同じだった。

 

暗闇に目が慣れ、シュガーの目が恐怖に染まった。

 

シュガーがいる場所、それは狭いエレベータの中だ。

 

最初の爆発で緊急停止していたエレベータにシュガーが激突した拍子にドアが閉まってしまい、閉じ込められた。

 

「あ……あ、あ」

 

蘇る最悪の記憶。新宿同時爆破テロで、エレベータに丸二日閉じ込められた光景が鮮明に蘇り、消えないトラウマが醜悪な笑みを浮かべ、シュガーの心を呑みこんだ。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

女のそれとは思えない絶叫を上げ、ドアを必死に叩いた。

 

「出してくれ!! 誰か開けてくれ!! ミルク!? ブラック!? 紅っち!? 副長!! 誰でも良いから応答してくれぇぇぇぇ!!」

 

応答はない。シュガー自身は無線通信をしていると思い込んでいるが、実際はただ叫んでいるだけ。それすら判断出来ないほど、シュガーは混乱していた。

 

「誰か、応答してくれよ。聞こえているんだろ!!」

 

大粒の涙を流し、嗚咽を漏らしながら叫ぶが狭いエレベータ内に反響するだけで誰の耳にも届かない。

 

ドアを叩くのに疲れ、思い出したように風の力でドアを破ろうとしたが、風は生まれなかった。極度の混乱と恐怖が生身の脳と擬似脳のシンクロ率が能力を発動出来ないほど低下していた。

 

「なんでだ? なんでフォースが使えない?」

 

絶望に足から力が抜け、倒れるように床に手をついた途端、吐いた。中途半端に消化されたものが食道を逆流し、床を汚らしく染める。

 

異常を察知した擬似脳が脳内物質を次から次へと分泌。脳内モルヒネ、エンドルフィン、ドーパミン。

 

沈痛、快感、興奮、怒り――分泌された物質でぐちゃぐちゃになった感情は更にシュガーを混乱させてしまい、それを異常と察知した擬似脳が更に脳内物質を分泌――繰り返される意味のない行為。

 

「あっ、うあ……あっ」

 

薬物中毒に似た症状に陥ったシュガーは自分の手が血に濡れているのにきづく。自分の血と瓦礫に圧し潰された友人の血がその双眸に映った。

 

「いやぁ、いやあああああああああああああああ!!」

 

コートの裾で必死に血を拭おうとするが、どれだけ拭いても血は取れない。その血は幻覚なのだから拭き取れるはずがなかった。

 

だがそれにきづかないシュガーは延々と血を拭おうとし、ふと、腐敗臭が鼻を突き、耐え切れずまた吐いた。

 

「い、痛い!! 足が、足が痛い!!」

 

次に襲ったのは足への激痛。かつて瓦礫に押しつぶされ経験した熱く鈍い痛みが両足を襲い、全身へと駆け巡る。

 

「助けて、誰か、たすけ」

 

臭わないはずの血と腐敗臭の臭い、実際に臭う吐瀉物の臭いの耐え切れず、更に吐いた。すでに胃液しかないそれをボーっとした瞳でシュガーは見つめ、遂に倒れた。

 

瞳は濁り、意識は混濁し、汚れた口からはうわ言のような吐息が漏れている。

 

『シュガー!? 応答しろ!! シュガー!!』

 

脳内で響くミルクの声に意識はむかず、虚脱感が全身を襲い、シュガーは考えることを放棄した。

 

 

『ブラック!! シュガーは何処にいる!?』

 

狙撃を行っていたブラックがミルクの無線通信に手を止め、視認領域を最大まで伸ばし、シュガーの行方を探した。

 

「!!」

 

閉じ込められたシュガーを発見したブラックは声にならない悲鳴を上げた。

 

シュガーは一度もSMB本部ビルのエレベータを使ったことがないほどの閉所恐怖症なのは知っている。

 

今、彼女がどんな状態にあるか、ブラックは瞬時に察し、助けに駆けだそうとしたがテロリストの銃撃がそれを阻んだ。

 

『ミルク!! シュガーはターミナルビル三階のエレベータに閉じ込められているわ!! 私は敵に阻まれて直ぐには向かえない……!!』

 

『なんだって!?』

 

状況を理解したミルクの叫び声。視界の隅で捉えたミルクはパワードスーツに囲まれ、応戦中。あの数ではすぐに突破は不可能だろう。

 

ブラックもミルクもシュガーの救出にむかえない現状。こうしている間にもシュガーは苦しんでいる。

 

噛み締めた唇から一筋の血が垂れた。

 

『誰か、誰でも良いからシュガーを助けてあげて!! お願い!!』

 

無意識に叫んだ言葉は全隊に発信され、漣が真っ先に反応する。

 

『シュガーがどうかしたのか!?』

 

『ターミナルビル三階のエレベータに閉じ込められています。私もミルクも目の前の敵が邪魔で』

 

身を隠した壁が銃撃によって飛び散り、身体が脊髄反応で委縮する。

 

本来、ブラックの役割は遠方からの援護であり、狙撃という行為に置いて真価を発揮する。

 

今のブラックは実力の半分程度しか出せていないだろう。シュガーを助けにいきたい焦燥感がそれに拍車をかけ、正確無比であるはずの狙撃も狙いが狂う。

 

『ターミナルビル三階のエレベータだな。俺が行く。ミルクとブラックは目の前の敵に集中しろ』

 

漣は立ち上がり、防弾チョッキを着ると小銃を抱え、司令部を跳び出した。

 

司令部のある棟とターミナルビルは連絡通路を挟んで隣接し、そう遠くない。

 

連絡通路を抜け、ターミナルビルの一階に到着し、階段を駆け上がろうとして、上から人の気配を察し、物陰に隠れる。

 

テロリストが数人、下卑た笑いを漏らしながら階段を降りてきた。

 

物陰に隠れた漣は敵が前を通過するのを待って背後から弾幕を浴びせ、反撃を受けずに撃破。階段を上り、二階へ。

 

諜報課の一員としても活動している経験に加え、過去に警備会社に勤めていた実績もあり、実働部隊には劣るが、漣の戦闘能力は高い。

 

破壊され、迷路と化したビル内をクリアリングしながら慎重に進み、敵と数回の交戦を繰り広げ、三階に到着。だがシュガーが閉じ込められたエレベータホールからは遠く、敵の気配も複数存在する。

 

漣は焦らず、クリアリングを迅速に行い、敵を確実に排除して前に進んだ。

 

一度反撃を食らい、機械義手の左腕が損傷するもエレベータホールに到着。

 

シュガーが閉じ込められたエレベータを視認出来たがホールには一体のパワードスーツがいた。

 

「くそっ、何処かに行ってくれる気配はないか」

 

マガジンに残った銃弾と、残りの装備を確認。心伴いが退くわけにはいかなかった。

 

深呼吸で恐怖を押し殺し、漣はホールに飛び出し、撃った。

 

装甲の弱い関節を狙い、パワードスーツの左膝から火花が跳び、損傷させる。

 

予想された反撃を柱に隠れてやり過ごし、空になったマガジンを交換、掃射が止むのをまって柱から飛び出し、撃った。

 

走りながらの銃撃は照準が定まらず、狙った関節には命中せず装甲に阻まれ、敵の銃撃を左腕に受け、生身との接続部分に痛みが走る。

 

「あいつらのようにはいかないか」

 

苦笑を漏らし、再び柱から飛び出て、関節を狙う。一発右肘に命中し、僅かに動きが鈍り、生まれた隙を突いて前進し、バックパックから手榴弾を取り出し、投げた。

 

手榴弾はパワードスーツの足元で炸裂し、損傷を与えるが大破には至らず、なおも反撃を行ってくる。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

漣は更に前進し、腕で急所を守りながらマガジンが空になるまで撃ち続けた

 

 

何分経ったか、既にシュガーにはわからなかった。

 

嘔吐する体力すら残っておらず、髪と服を吐瀉物で汚し、虚ろな目でエレベータの壁を見つめていた。

 

ふと聞こえた、耳をくすぐる銃声。かすかに思考が刺激され、顔を上げる。

 

銃声と爆発音は一分ほど続き、止んだ。壁の先で誰かが誰かを殺したのだと理解したが、どうでも良かった。

 

思考を手放そうとした時、ドアに何かがぶつかった。

 

衝突音にして小さな音で、シュガーは視線をもう一度、ドアにむけた。

 

と、光が射した。暗闇に支配されていたエレベータ内に光が溢れ、徐々に強さを増し、ドアが開く音と共に光がシュガーを包んだ。

 

「遅れてすまない」

 

陰になって見えない顔と聞き知った声。だがぼんやりとした意識では誰の声か判別出来なかった。

 

シュガーの身体が持ち上がる。暖かく、強い腕に抱かれたのが分かった。

 

自分を抱きかかえた人物の顔に視線をむける。視界はぼやけ、誰かわからなかったが、記憶の中にある、自分を助けてくれた名も知らぬ人物と重なった。

 

手が相手の服に伸び、ギュッと、掴んだ。急に心細くなる。その人が何処かに消えてしまうのではないかと不安になる。

 

「何処にもいかないで」

 

無意識に漏れた言葉にシュガーを抱える誰かは一瞬驚き、すぐに微笑む。

 

「大丈夫、ずっとそばにいるさ」

 

記憶と全く同じ言葉がシュガーに届いた。

 

途端、不安と恐怖が綺麗に消え去り、表情に安堵が浮かんだシュガーは眠るように意識を手放した。

 

 

シュガーが目覚めたのは夕日が射す、司令部のソファーの上だった。

 

身体を起こし、見慣れない景色に戸惑い、此処は何処で、何故此処にいるのかを考える。

 

「目が覚めたか?」

 

聞き慣れた声の方へ振り向くと漣が立っていた。

 

「副長、私は」

 

途端、思い出す。エレベータ内に閉じ込められ、発狂した自分。それを助けてくれた誰か。

 

「久々に前線へ赴いたら疲れた。デスクワークはすぐに身体が鈍ってしまうな」

 

肩をすくめ、苦笑を漏らす漣の腕に機械義肢応急処置用のテーピングがされていることにきづき、悟った。

 

「副長が助けてくれたんですか?」

 

「遅れてすまなかったな。パワードスーツの撃破に時間がかかってしまった」

 

「……いえ、私の不注意でああなってしまったんです、副長が気に病むことは」

 

申し訳なさと恥ずかしさが入り乱れ、いつもの調子が出ないシュガーへ漣は一言。

 

「……シュガー、煙草貰えるか?」

 

「え? あっ、はい」

 

間抜けな声を漏らし、それが恥ずかしくてシュガーは煙草とオイルライターを漣に投げ渡す。

 

「禁煙して久しいが、時々吸いたくなる。特に今日みたいな日はな」

 

自嘲した笑いを漏らし、煙草をくわえ、火をつけて紫煙を吐く。

 

「戦闘は?」

 

「一時間前に決着した。SMBに人的被害はなし。……全体で死者が数人出てしまったが、敵の戦力を考えれば善戦した方だ」

 

少しだけ寂しく漏らし、また紫煙を吸い、吐いた。

 

一面ガラスの壁と夕日を背に煙草を吸う漣の姿をシュガーがぼんやり眺め、突然、記憶が刺激され、これと同じ景色が脳裏に蘇った。

 

漣の横顔に重なる、誰か。

 

『行かないで』

 

幼い自分が誰かに漏らし、そばにいて欲しいと願った。

 

『大丈夫、ずっとそばにいるさ』

 

誰かは優しく微笑んでくれた。

 

「どうした?」

 

じっと見つめるシュガーに漣が首を傾げる。あの時と重なる、優しい声。さっきの言葉。

 

可能性――警備会社の人間。新宿同時爆破テロの翌年に消息を経った誰か。同年、SMB創設。あの時と同じ横顔。

 

シュガーの心に期待と不安が入り混じった――漣がそうなのかもしれない。けどもし、違ったら。

 

――また逃げるのか?

 

脳裏で弱い自分を戒める声が囁く。いまこそ逃げずに手伸ばす時だった。

 

「副長、なんですか?」

 

震えた声でシュガーが聞いた。目尻に涙が浮かび、口が必死に泣くのを耐えた。

 

「あの時、私を助けてくれたのは副長なんですか?」

 

もう一度、聞いた。

 

漣は紫煙を吐き、ゆっくり頷いた。

 

堪え切れずにシュガーの瞳から涙が溢れた。子供のように泣きながらも、濡れた瞳で真っ直ぐに自分を何度も助けてくれた男を見つめる。

 

「どうして、言ってくれなかったんですか? 私、ずっと探してた。お礼が言いたくて、ありがとうが言いたくて」

 

「言おうとした時期もあった。だがあの日の苦しみを思い出させてしまうと思って言えなかった。いや、それは言い訳だ。俺自身、あの事件を思い出したくなかった。お前同様、多くを失った。逃げていたんだ、過去から。それが、結果的にお前を傷つけることになってしまったな……」

 

すまない――漣の言葉がシュガーの心に響く。お願いだから謝らないでくれ。

 

ずっとそばにいる――その言葉が鮮明に蘇り、言いようのない幸福感がシュガーを満たし、同時に何かに決着がついた。

 

涙を拭い、シュガーは立ち上がり、漣の前に立った。

 

彼の手から煙草を一本取ると口にくわえ、不思議がる漣に顔を近づけた。

 

触れ合う唇と唇の先にある煙草の先端。

 

シュガーが息を吸うと火が移り、紫煙が口いっぱいに広がった。初めて吸う煙草の味は甘くて苦いシガーキス。

 

顔を放し、少し照れた笑顔をむけたシュガーに漣も照れたように頬を掻く。

 

「九年越しのお礼です。私を助けてくれてありがとう、漣」

 

「……どういたしまして」

 

漣の前に、かつて自分が助け出し、心も肉体も成長した少女の笑顔があった。

 

 

 
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