七話 今宵も嵐が吹き荒れる

 

国際ビルを襲ったテロリストは夜が明ける前に殲滅され、会議参加者も会議の翌日、祖国へと帰っていった。

 

負傷のため警備から外されたシュガーだったが、カールと自身の強い希望もあり、空港まで赴き、飛行機に搭乗するカールを見送った。

 

「シュガーサン、アリガトウゴザイマシタ。貴方ニ逢エテ、本当ニ良カッタ」

 

「私も、カールさんに逢えて光栄でした。私は貴方のようにまだ強くはありませんが、いつの日か必ず、追いついてみせます」

 

「デハ、簡単ニハ追イツカレナイヨウ、沢山頑張リマス」

 

「そういう時は精進するって言うとかっこよく決まりますよ」

 

ニッコリ笑うシュガーにカールは優しく頷き、手を差し出す。

 

シュガーはギブスで固定された右腕を差し出すと、カールは優しく手を包み込み、

 

「ショウジン、シマス」

 

そう言い残し、祖国へ帰っていった。

 

飛び立つ飛行機を見送り、着き添いで空港まで一緒に来てくれた漣と共に帰路につく。

 

「なぁ、副長。私も皆のように強い大人になれるかな?」

 

車は都内に入り、何気なくシュガーが呟く。

 

カールや東屋だけじゃない。楓子や漣、紅咲、ミルク、ブラック。シュガーの周りにはそれぞれ強い意志を抱く大人が大勢いる。

 

シュガーにとっては全員が目標であり、まだ手の届かない先にいる存在。

 

「お前には、お前だけの強さがある。それは俺も総隊長も、ミルク達も、カール氏や東屋首相も手に入れることの出来ない強さだ」

 

「私だけの強さ?」

 

聞き返してくるシュガーを漣は一瞥する。

 

紅い、真っ直ぐな瞳。その奥に秘められた曲がらない意志。

 

「お前はこの先、どんな困難も乗り越えていく。俺はそう感じる」

 

「ちょっと回りくどい感じ」

 

拗ねたように口を尖らせ、笑うシュガーにつられて漣も口元に笑みが浮かんだ。

 

 

今日も騒音に包まれたSMB本部ビル地下一階技術開発課オフィスの診察室でブラックはロキに壊された機械義肢の代わりに予備のそれを着け、検査を受けていた。

 

接続部に多少の損傷はあったが、既に修理され、神経にも異常はなしと診断された。

 

診察を担当した如月が診察台に横たわるブラックに笑顔を向け、終了を告げる。

 

礼を言って診察台から降りるブラックが上着を着るのを待ってから如月が切り出した。

 

「世の中には不思議なことがまだ溢れ返っているね」

 

「……シュガーのこと?」

 

如月は無言で頷き、診察室に隣接された機械義肢保管庫の最奥に安置されたシュガーの壊れた義足に目をやった。

 

ロキを倒した後、シュガーは糸が切れたように気絶し、ミルクの無線通信で駆けつけた救助部隊に三人は治療を受けた。

 

襲撃が沈静化し、SMB本部から一番に駆けつけた如月は三人の機械義肢の修理を試みたが、神経回路が完全に破壊され、修復は不可能と診断された。

 

つまり、シュガーの足は動くはずのない状態だった。

 

だがブラックもミルクも確かに見た。壊れた義足で立ち上がり、ロキを倒したシュガーの姿を。

 

「たまたま、シュガーの義足だけ回路が生きていて、ロキを倒した後に完全に壊れた可能性は?」

 

「ないと断言出来る。三人が同じ攻撃を受けて、一人だけ偶然、回路が完全に破壊されないのは構造上有り得ない」

 

「でも、動いた」

 

「うん。それは監視カメラの映像で、僕自身の目で確認した。今でも信じられない」

 

一拍置いて、続ける。

 

「でも、シュガーだったから不思議と納得した自分もいる」

 

壊れた義足から視線を外し、椅子に座ると困惑した表情を浮かべるブラックと目が合った。

 

「私にも理解できるよう、説明してくれるかしら?」

 

「ブラックさんは、機械の手足をどう思っている?」

 

ストレートな質問にすぐには返事を言えなかった。

 

事故で手足を失い、縋る思いで如月の造った機械義肢を望み、数か月に及ぶ訓練を経て、自在に動かせるようになった機械の手足。

 

もう一度自分で歩けた時の感動は鮮明に覚えている。

 

機械義肢は、手足を失った者にとって希望と言える。

 

だが――

 

「私にとって、この手足は造り物。どれだけ精巧に出来ていても、生身の手足と思うことは出来ないわ」

 

ブラックの出した答えはそれだった。手足は一度失えば元には戻らない。機械義肢は所詮、代替品でしかない。

 

「うん。僕もそうだ。自分で造って情けない話だけど、半年一回くらい、身体が拒絶するんだ、この脚を」

 

機械義足の右脚を撫で、人工皮膚と筋肉で覆われた先にある神経回路の動きを指先ではっきりと感じ取る。

 

「でも、シュガーは違った。彼女は、義足を取りつけた瞬間から、それを生身の足と認識した。今でも忘れないよ。義足をつけて初めて歩いた時に浮かべたシュガーの笑顔は。凄く眩しい笑顔だった」

 

「それが、動いた理由にどう関係してくるのかしら?」

 

理解力高いブラックにしては珍しく、如月の言わんとしていることが理解出来ず、表情に苛立ちが浮き出る。

 

「もう少し、僕の話に付き合ってくれると嬉しいな。八年前、マザーサーバーを開発する際、科学者と技術者の間でAIを搭載するかどうか議論になったんだ。ブラックさんは映画を良く観る?」

 

「人並みには」

 

「SFは?」

 

「そこそこ」

 

「心や自我を持つAIやロボットが登場するSF映画は知っている?」

 

「うん、幾つかは」

 

超高度なAIが人間に反旗を翻し、核を撃って人類を滅ぼそうとする物語。

 

愛という感情をプログラムされた自立型AIロボの悲しくも心温まる物語。

 

個に目覚めたAIが戦いの中で自らを犠牲にし、仲間である人間を守る物語。

 

死に怯え、定められた運命に抗い、退廃的な世界でも必死に生きようとするロボットの物語。

 

それらの映画で描かれているのは機械の自我や個と感情の目覚め――機械は心を持つことがあるか。それは前世紀から議論されてきた答えの出ていない問題。

 

「ある科学者はマザーサーバーにAIを搭載すれば高度な学習能力と演算能力を駆使して経済や法律を学び、我々が意図しない行動を起こす危険があると言った。また別の技術者はAIが自我を持つことは夢想だと反論し、結局、結論は出なくて、多数決によりAIの搭載が決定した」

 

「シュガーの足が動いたこととの関係性がみえてこないわ」

 

「機械が心を持つか否か。これはまだはっきりとしないし、永遠にわからないかもしれない。マザーサーバーのAIも、もしかしたら僕らが想像もしないくらい高度な自我に目覚めていて、今はそれを隠しているだけかもしれない。でもそれを証明する術はない。頭の固い人は証明出来ないことはあり得ないことなんて言うけど、僕はそうは思わない。証明出来ないことは僕らがまだそこに到達していないだけで、世界の真理として存在していると思うんだ」

 

「……シュガーの足が動いたことも私達の科学技術が到達していない未知の領域での出来事と?」

 

「うん。でもそれは科学とか文字と数字の羅列で証明できることじゃなくて、もっと原始的な部分だと思うんだ。ブラックさんは魂を信じる?」

 

命や精神の枢軸を成す存在、霊的存在、非物質の存在――時代、地域によって解釈は様々だが、それもはっきりと証明出来ないことのひとつ。

 

「僕はね、シュガーの義足に彼女の魂が宿って、機械なんかじゃない、あの一瞬は本物の足になったんじゃないかと思うんだ。そうでなければ壊れた義足が動くはずがない」

 

「技術者とは思えない結論ね」

 

「僕は技術者であり、探究者だよ。それに、非科学の象徴ともいえる人達が身近に三人もいるんだ。この結論に辿りつくのも、おかしなことじゃないよ」

 

ニッコリ笑う如月と向き合いながらブラックは考える。

 

あの時、確かにシュガーの義足は破壊された。それは覆らない事実であり、その足で立ったのもまた事実。

 

今の科学技術では説明できないそれを如月は魂が宿った結果だと言う。

 

AIやロボットに心――魂が宿るように、機械で出来た義足に魂が宿り、壊れてなお、動こうとする。

 

「まるでSF映画みたいね。でも、私もそう思うわ」

 

瞳を閉じたブラックはあの時の光景を脳裏に思い浮かべる。

 

『私の足だ!!』

 

シュガーの叫びが今でも心の中で響き、不思議な心地良さを与えた。

 

機械の足を生身の足として受け入れる。どうすればそう思えるのか、ブラックには分からなかった。

 

それがシュガーの唯一無比の強さであり、ブラックが彼女に強い対抗心を抱く最たる理由だ。

 

「悔しいわ」

 

「うん、凄く悔しい」

 

賛同するように頷いた如月にブラックは驚き、目を見開いた。

 

「貴方がシュガーに対抗意識をみせるなんて」

 

「シュガーのことは大好きだけど、それとは別問題。僕はいつかシュガーの隣に立ちたい。彼女のことを真に理解したい」

 

「まぁ、歯が痒くなるようなことを平然と。愛ゆえにかしら?」

 

「人間、素直が一番だよ」

 

むっと、口をへの字に曲げ、裏表のない笑顔を浮かべる如月が急に腹立だしく感じた。

 

シュガーが相手なら口では負けないが、相手が変わると簡単にはいかない。一歳年下の相手にブラックの毒舌は調子が回らない様子。

 

だが、ブラックの悪知恵は今日も絶好調だった。

 

「素直ねぇ。そう言うわりに、シュガーに想いを伝えられていないのは誰かしら?」

 

「僕はまだ半人前だ。シュガーには全然相応しくない。一人前になって胸を張って前に進めるようになったら、告白するつもりなんだ。好きだよって」

 

「あっ、シュガー」

 

ブラックが悪戯な笑みを浮かべ、如月の後ろを指差す。

 

如月の顔から表情が消え、慌てて後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。

 

ぽかんとなる如月を尻目にブラックは腹を抱えて笑い出した。

 

「ブラックさん、酷い……」

 

赤面し、泣きそうになる如月に笑いながら謝り、ブラックはしばらく笑い続けた。

 

 

「歩き方がぎこちないわよ」

 

「むっ」

 

トレーニングルームにクスクスと笑う楓子としかめっ面のミルクの姿があった。

 

高出力の戦闘用義肢で生活してきたミルクにとって予備の機械義肢は出力が弱過ぎて、いつもの調子では動かせず、悪戦苦闘している。

 

右手と右足が同時に出たり、関節が曲がらず、伸びた状態で歩いたりと見方を変えれば、大道芸に見えなくもない。

 

「新しい義肢が完成するまで辛抱ね」

 

「こんな姿、実働部隊の奴らに見られたら良い酒の肴だな」

 

訓練を中断し、長椅子に座ったミルクはため息を漏らし、遠くを見つめた。

 

「今回の件で痛感した。俺はまだまだ未熟だ」

 

「急にどうしたの?」

 

隣に座った楓子が不思議そうにミルクを見つめる。

 

「敵の実力と能力に対する分析が足らなかった。いや、自分の力を過信していた。相手がフォース覚醒者でも勝てると。だが結果は、シュガーがいなければ死んでいた。仲間を危険に晒し、自身も泥を舐めるようじゃ、未熟もいいとこだ」

 

グッと拳を握り、表情には悔しさが滲む。

 

「俺はまだまだ強くならないといけない。仲間を守れるように、お前と肩を並べられるように」

 

「それは告白かしら?」

 

「いまさら告白してどうする」

 

「女は何回も告白されたい生き物なのよ」

 

「男と違って手間のかかる生き物だ」

 

苦笑を漏らし、ミルクは無意識に胸のドッグタグを握った。倣うように楓子も胸のドッグタグを握り締める。本来の意味を失ってもその場所に在り続ける絆の証。

 

「皆は元気かしら」

 

懐かしむように、かつての仲間のことを想う楓子。ミルクも同じように仲間を想い、ふと、苦笑を漏らす。

 

「昔を懐かしむなんて、お互い歳を取ったな」

 

「二十代のお子ちゃまが何を言っているのよ」

 

「いつまでも子供扱いしないでくれ」

 

「からかっただけよ。だって貴方は私を女にした人ですもの」

 

楽しそうに笑う楓子とは対照的にミルクは苦虫を噛み潰した表情でため息を漏らす。

 

「十年も前のことを掘り返すな」

 

「八年前よ」

 

「大して変わらん」

 

「あら、女性は記念日を大切にする生き物よ。日にちだって覚えているわ」

 

「記念に花でも送ればいいか?」

 

「ディナーに誘ってくれたら喜んじゃうわ」

 

終始笑顔の楓子と面倒くさそうなミルクの会話は二人だけのトレーニングルームでしばらく続いた。

 

「仲が良いな、旦那と総隊長は」

 

トレーニングルームの前、薄い壁で仕切られた廊下で紅咲は壁に背を預け立っていた。

 

その隣には楽しそうな表情の聖が紙コップ片手に上機嫌な様子。

 

「長い付き合いともなれば、親密な関係にもなるわよ」

 

「肉体を交えるほどに?」

 

「会話から察するにそのようね。海外派兵時代のことはあまり話してくれなかったから、詳しいことは私も知らないわ」

 

「仲間を失ったと聞きましたが」

 

「どの国の、どの地域で、誰を相手に戦い、その中でミルクと楓子がどう活躍したか。私はそれくらいしか聞かされてないわ。その戦場で何を観て、何を感じたか、きっと誰にも話したくないほどの辛い経験だったんでしょうね」

 

聖の表情は少し悲しげで、親友である楓子が抱える痛みを共有できないことへの切なさが垣間見えた。

 

ミルクが聖と楓子の絆に嫉妬したように聖もまた嫉妬している。自分にはない、生死と共にした者同士の強い絆に。

 

「女の嫉妬は醜いわね」

 

自嘲した笑みを浮かべ、肩をすくめる聖に紅咲は首を横に振る。

 

「それも女性の魅力のひとつです」

 

「あら、気障な台詞ね、もしかして誘っているのかしら?」

 

表情が一変し、嫉妬心を悪戯心に切り替えた聖は妖艶な微笑みで紅咲の腕に手を絡ませる。

 

身の危険を感じた紅咲は一歩下がり、身構える。

 

「俺は今でも妻一筋です」

 

聖の目が紅咲の左薬指で輝くマリッジリングにむけられ、悪戯心が刺激される。

 

「安心して、とって食べようだなんて思ってないわ。それよりもっと面白いことを思いついたの」

 

「出来れば聞きたくないですね」

 

苦笑を漏らし、更にあとずさる紅咲に聖はスススと、近づく。

 

「ねぇ、紅咲。気持ちいい汗を流したい気分にならない?」

 

「なりません」

 

「そう、そんなにしたいのね」

 

「言っていません」

 

紅咲の言葉など一切聞かない聖はひときわ強く笑みを浮かべるとトレーニングルームの扉を勢いよく開けた。

 

「たのもーー!!」

 

棒読みの台詞で楓子達が座る長椅子の前まで来ると、突然の乱入者・聖に呆然とする二人の前で仁王立ちし、鼻息を荒くする。

 

「わたくし、聖医師は偶然にもトレーニングルームの前で聞き耳を立てる紅咲隊員を発見し、報告に参りました!!」

 

二人の視線が聖から入口に立つ紅咲に向けられる。

 

「やぁ、どうも、旦那に総隊長」

 

引きつった笑みで、脂汗を大量に浮かべる紅咲にとどめを刺さんと聖が動く。

 

「つきましては、聞き耳という不健全な行動を取った紅咲隊員の根性を叩き直すべきと進言致します」

 

演技かかった口調に楓子が乗っかった。

 

「了解しました、聖医師。一人の乱れは全体の乱れに繋がる。紅咲隊員!!」

 

「はい!!」

 

雷が落ちたのかと思うような強い声に紅咲は背筋を伸ばし、敬礼して応える。

 

「今日は特別に私が稽古をつけてやろう」

 

獣の如く凶悪な表情の楓子に紅咲は一切の抵抗を諦めた。

 

「はい、光栄です!!」

 

腹をくくり、震える足を無理矢理前に出し、楓子の前に立った。

 

「準備は良いか!?」

 

「はい!! よろしくお願いします」

 

数分後、紅咲の悲鳴が延々とトレーニングルームに響き渡った。

 

 

反テロ世界会議から一週間。

 

会議のために規制されていた輸入が再開され、機械義肢の素材が揃い、組立と検査、調整を終え、新戦闘用機械義肢は完成した。

 

診察台にはタンクトップと下着姿で予備の義足を外したシュガーが横たわり、視線の先には待ち望んだ新しい義足があった。

 

「準備は良いかい?」

 

「おう、優しくしろよ」

 

にししと笑うシュガーに如月は微笑み、台の上に義足をセッティングし、接続する。

 

「くっ!! はぁっ……」

 

脳を直接刺激する痛みに耐え、襲いかかる虚脱感にも必死に耐える。

 

その間、如月は最終調整を行い、シュガーが虚脱感から解放されるのを待った。

 

「……よし」

 

上半身を起こし診察台から降りると新しい義足の感触を確かめるように、シュガーはその場で何度か跳躍してみせた。

 

「どうかな?」

 

不安げに聞いてくる如月にシュガーは満面の笑みで応えた。

 

「今までよりも軽くて馴染む感じがするよ」

 

ほっと胸を撫で下ろす如月は、同時に驚嘆していた。

 

新しい義足はトヨタマの装甲技術を転用した戦闘用義足。

 

人工皮膚の下に装甲を埋め込み、人口筋肉の比率は減り、神経回路や機械的部分の割合が大きく、今までとは構造がかなり違う。

 

ミルクやブラックのように何年も機械義肢で生活してきた者でも慣れるまで二週間はかかると如月は読んでいる。

 

機械の足を生身のそれとして受け入れることの出来るシュガーだから今までと変わらず、すぐに扱えた。

 

ずっと実感していたはずのシュガーの強さを改めて目の当たりにし、鼓動が速くなった。

 

如月の視線の先で嬉しそうに義足を撫でるシュガーの姿が溜まらなく愛おしかった。

 

如月はシュガーが浮かべた笑顔にかつての面影を見た。初めて義足をつけた時の眩しい笑顔。

 

「ありがとな、如月」

 

「お礼を言うのは僕の方だ。ありがとう、シュガー。僕の造った義足を愛してくれて」

 

涙が頬を伝った。途方もない嬉しさが込み上げ、次から次へと涙が溢れた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

困惑するシュガーに如月は謝罪を繰り返し、涙を飲み込む。

 

「嬉しいんだ。僕の造った義足でシュガーが笑ってくれるのが」

 

「なんか、そう言われると照れるな」

 

シュガーは頬を掻き、涙を拭う如月の前に立った。

 

「これはお礼だ」

 

そう言ってシュガーは如月の頬に軽く唇をつけた。

 

一瞬、何をされたのか分からなかった如月だが、理解した途端、頬まで真っ赤に染めた。

 

「顔、真っ赤だぜ」

 

笑うシュガーの頬もピンク色に染まり、突発的にやった行動が恥ずかしくなった。

 

「皆には内緒な」

 

「うん」

 

 

地球温暖化とヒートアイランド現象により、夜になっても蒸し暑さが残る日本の首都・東京。

 

日々テロ犯罪が横行し、国民は脅威に怯え、生きる日々。

 

SMBはその脅威をそれ以上の力を持って打ち払う非公式の少数精鋭部隊。

 

シュガーは立ち並ぶ高層ビルのひとつ、その屋上に立ち、煙草をくわえ、紫煙を吐いた。

 

強風が吹き荒れる屋上に置いて、彼女の長髪髪とロングコートは一切なびかず、口と煙草の先から漏れる紫煙だけが風に煽れ、霧散していく。

 

少し離れたビルの屋上にはブラックが立ち膝姿勢でシュメルツを構え、命令の時をじっと待つ。

 

地上の作戦司令車輌内ではミルクがαチームとβチームに指示を送り、突撃のタイミングを見計らう。

 

『今日の旦那は気合入っているな』

 

シュガー達の機械義肢同様、トヨタマの装甲技術でヴァージョンアップしたパワードスーツ毘沙門天・改の操縦席からモニター越しにミルクを眺め、紅咲が楽しそうに笑う。

 

『新しい義肢になって最初の出撃ですからね。気合も入ります』

 

無線を返したブラックの声にも隠せ切れない興奮が乗り、紅咲は肩をすくめる。

 

『そっちはどうだい、シュガー?』

 

『足が早く暴れたいってうずうずしている』

 

凶悪な笑みが紅咲の脳裏に浮かび、対抗心が刺激される。

 

と、ミルクから全隊へ突入開始三十秒前を知らせる無線通信。

 

うずうずさせてくれよ」

 

鼓動が高まる。機械の足が疼く。口一杯に吸った紫煙が神経を研ぎ澄ます。

 

『SMB突撃!!』

 

「さぁ、うずうずさせてくれ!!」

 

シュガーが力の限り吠え、空中に身を投げ出し、全身に風を纏った。髪の毛が風に煽られ、紅い双眸があらわになる。

 

その瞳が見る先に何があるか。

 

どれだけ厳しい現実を前にしてもシュガーは前へと進み続ける。

 

仲間と共に。

 

風と共に。

 

今宵も嵐が吹き荒れる。

 
 
 
 〜完〜
 
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